2015年11月18日水曜日

(投稿)退会して初めて気がついたこと



(紹介)

KKを退会したいという方は、数多くいらっしゃいます。面倒なことが嫌だから退会手続きはとっていないだけという方は、さらに多いと思います。退会するとどんな変化が身の回りに起きるのかが理解できると、退会は増えざるをえないと思います。
実際に退会した方が、社会とのつながりの中で何を感じているのか。ある退会者の方が投稿してくださいましたので、ご紹介します。

(投稿)退会して初めて気がついたこと


KKを退会したことを人に話して感じるのは、思った以上に一様にみんなが喜んでくれることです。

仕事関係の友人とは、信仰の問題で溝が出来たままになっていました。
彼は「KKには心がない」と批判していて、私は「そんなことはない、広大無辺の心の教えなのだ。」と、反発していたのです。
しかし、退会したことを私が打ち明けると、彼は批判めいたことは一切私に云わず、ただ微笑みながら頷いてくれ、最後にお互い握手を交わしました。
学生時代の友人もまた、「ほら、やっぱり俺の云った通りだったでしょ!」と嬉しそうに云い、終始機嫌よく語り合いました。
ある知人などは、「それはよかったですね!」「組織の中に入ってしまうと、回りの事が見えなくなってしまいますものね!」と、私が意外に感じる程嬉しそうに云ってくれました。
このように、信者時代の私は「人々を救済しなければ」と思って活動していたのに、多くの方々が私のことを心配していたのです。
KK
を退会したことで、私は沢山の人達との関係を修復することが出来ました。

ただ、「やめてしまわれたのですか?」と、少し残念そうに云った方も一人だけいました。
私は「何故だろう?」と思ってお話を聞くと、その方の親友で20年以上前に亡くなられた方が、初期の頃のKKの講義にしばしば参加していて、「とてもいいお話が聞ける勉強会なんですよ」と、その方に話していたそうです。
つまりその方は、亡くなった親友のお人柄と、まだ「宗教化」「ノルマ主義化」される以前のKKのイメージを重ねて、「良き思い出」としてずっと心の中に抱き続けていたのです。
その話を伺ったとき、私も思わず「夢と希望に満ち溢れていた当時の自分」を思い出し、うら淋しい気持ちになりました。

しかしほとんどの友人知人が、これ程までに本心では私の信仰、伝道を疎んじていたことを知り、私は自分の認識と現実のギャップにショックを受けました。

「ああ、なんて自分は一人よがりだったのだろう。
人々はとっくに裁定を下していたのだ。
人類のほとんどが、ECが至高神だなどとは信じていない。
世の中の99%以上の人々から信じてもらえず、共感もされずに、『EC文明』も『ユートピア』も実現するはずなどなかったのだ。
私達はとっくに『仲間作り』に失敗していて、KKは世の人々にとって過去のものになっていた。
それなのに私達信者だけが、相も変わらぬ一本調子で突き進もうとしていたのだ。
観客のいない劇場の舞台で、役者達だけで盛り上がる、それが私達の現実の姿だったのだ。」

私は思い知りました。
1000万人伝道」だとか「全人類伝道」などと云っていた為に、相手の顔が見えなくなっていたのです。
私達は支部の「ノルマ達成」や「菩薩顕彰」にばかりこだわって、相手の気持ちを理解しようとする努力が足りませんでした。
だから、人々が私達の訪問を拒否するようになっていったのも、当然のことでした。
さらに悪いことに、普通ならば相手の険しい表情を見れば、「自分の言動に何らかの非があった」と察して気遣うものですが、そういう当たり前の配慮が欠けていた為に、修復不可能なほど人間関係が悪くなることもありました。


振り返ってみると、私の活動によって救われた人など、誰もいなかったことに気付きます。
私達が本当にするべきだったのは、目の前にいる一人に対して、全身全霊で向き合い、相手が幸福を見つけるお手伝いをさせて頂くことだったのです。
「組織」や「数字」よりも「人間そのもの」を大切にしていたならば、今頃は日本中に幸せなKK信者が溢れていたかもしれません。(匿名)

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