2015年10月27日火曜日

(投稿)利用される霊性③  脱会者からのメッセージ 



(投稿)K会における霊性の欠落は、教祖の悟りの限界

3.求むべきは、「洗脳」ではなく「霊性」であったはず

求むべきは、「洗脳」よりも「霊性」の認識こそが必要で、K会は、そもそも「霊性の復活」を使命としていたのではなかったのでしょうか。

しかし、今や変質し、本当の「霊性」は消え、悪い波動に利用されているのです。悪い波動に入られると、霊性を信じていても、歪められた想いで信じるようになっていきます。

それは、必ず「神への裁き」を伴うと思います。

神への裁きは「神への反逆」を生みます。

神々を自分の下に位置づけ、自分が神に成り変わって、天地を支配するかのように思いあがっていきます。まさにこれは「悪魔への道」です

神宣言は、「仏陀でない証明」

こういう心が心の底に潜伏していたということは、過去世において信仰の傷があり、神への悪い因縁(カルマですが)を元々持っていたからだと思われます。

OR総裁は、悲惨な現状が起ったとしても、それでも仏を信じるか、という事をよく言っていたと思います。

非常に悲惨な事が起った時は、神に不信感を抱いて、「何故、神は私を救って下さらないのか、悪い者たちは、のうのうと生きているではないか」というように、神を裁くかどうかという紙一重のところに置かれます。

これは、人はみな神の子であるという事を真に信じているか否か、自己の魂の向上の為に与えて下さっている環境であり、過去のカルマをクリアする為に起っている現状である等々、という霊性との戦いなのです。

OR総裁は、初期にこういう事を説いていましたが、どうやらOR総裁自らがクリアできず、神に不信を抱き、神を裁いたように思えます。偉大な神を敬う心があるのなら、自分を神の上にはおかないでしょうから。

私自身も、こういう試練にさらされてきましたから、そういった試練という落とし穴が解かります。

落とし穴に陥れば苦しすぎて、心の根底として、霊性を「愛する心」と「信じる心」が消えています。自己保身欲と不信感で一杯です。自己保身の塊になって、カチカチになって、必死で神への救いを求めるが、沈黙される神を裁いたりもします。

しかし、それは神への信仰心がある証拠でもあるのです。

お金や地位が有るが故に、不幸な時があります。それ故に、三次元的に誤った方向へ実現させていき、取り返しのつかない所まで進行させていきます。

神々を裁き、神々を自分の下に位置づけたOR総裁の心の中には、元々は神への信仰心があると思います。

しかし神々を裁き自分の下に位置付けるのは、これは、ORが根本神ではない証拠です。

つまり、今思えば、ORが神宣言した時点で、「仏陀でない証明」だったのです。(X)
(続く)


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