2015年6月7日日曜日

(投稿)夢の知らせ・・・KK時代の反省⑥




(紹介)Wさんは「(投稿)呪い・・・KK時代の反省④」のなかで、「KKが危険で間違いであることは、私は夢を通して知ることが出来ました。」と書いていました。この「夢」について、今回詳しい内容と、その夢分析を送ってくださいました。夢は潜在意識からの大切なメッセージであることがあります。ユングが指摘したように、顕在意識の間違いを修正する補償作用を夢は持っています。どんな夢なのか、早速ご紹介したいと思います。なお夢の解釈も、Wさん自身によるものです。

 

(投稿)夢の内容

 

その夢の中で、何故か私は、

「私と幸福の科学を許して下さい」と

何度も懇願していました。

私は、「許し」の中に「私」を入れるのは不謹慎で、

だから願いが叶わないのではと思いました。

 

携帯に電話がかかってきました。

その電話は見たこともない携帯電話で、

丈夫そうな大きめの携帯でした。

電話からは、「KKは許さない」

という内容が聞こえました。

 

私の左手にテレビがあって、

青い旅客機が炎上するシーンが写りました。

その瞬間に、KKの熱烈信者である父がその事故で死んだ、

と理解しました。

 

前を見ると知らない若い少しキザな人(男性)がいました。

髪の毛を染めたような濃い金髪で、前髪が長く左に分けていました。

その若い人が、

「やはり地獄に頼るしかない」

といった内容の独り言を言いました。

私は、「それは違うぞ」

と思って見ていました。

 

その若い人は、火を噴くドラゴンを召喚して、

螺旋状の坂を、ドラゴンを後ろに従えて、登ってきました。

私は上からその様子を見ていましたが、

いつの間にかドラゴンが先頭になって

若い人が後から付いていく状態でした。

どちらの姿も、丸いパンのような姿に変わっていました。

 

ドラゴンは「なぜ、逃げなかった」と、

若い人に言っていたようです。

螺旋の坂の最後は、小さな広場でした。

若い男は、逃げるところがなく困っていました。

広場から思い切って飛び降りたのですが、

その広場に落ちてきました。

ドラゴンは、

「逃げられると思ったのか」

と言っていました。

そこで目が冷めました。(W

 

(夢の解釈)

この夢を、つぎのように解釈しました。

夢に出てきた携帯電話はとても鮮明で、目ざめてからその携帯電話の絵を描きました。そこまで鮮明に描けたということは、この夢のメッセージが重要なメッセージであり、深い潜在意識の世界からのものであったと思います。夢の中に出てきた携帯電話が、大きなずっしりとした携帯電話だったので、そこから来るメッセージが、いうなれば高次元の世界からの重要なメッセージを送る媒体であることを暗示しているように思います。

携帯から聞こえた「KKは許さない」とは、いうなれば高次元の世界の総意ではないでしょうか。あまりにも神を冒涜し、「己一人を貴し」として慢心し、多くの信者を狂わせてきた罪は、決して許されません。神々や仏への信仰を全部自分へと奪い取ろうとしているのが教祖であり、それを広めているのがこの教団組織です。この罪は重く、「決して許されない」という意味だと思いました。

 

私がこの団体から出て、信仰から離れることができたことは、私が大変恵まれており、救いの手が差し伸べられたからです。もっと、そのことへの感謝が必要だと思いました。

夢ではKKにとどまった父親が、飛行機事故で炎上した機体の中で死んでいくのを、テレビの映像で知ったわけですが、それはKKを続けることの怖さや先行きの末路を暗示しているのではないだろうかと思いました。「青い飛行機」の青は喪失の悲しみを表わしているように思います。現実には父親は事故にあったわけではないので、夢の中だけことです。しかし、その夢が暗示していることは、私は重く受け止めようと思いました。

 

夢に出てきた若い人(男性)は、かつての私の心の状態を表しているのであり、またKK時代に私にのりうつり、憑依していた存在でもあると思います。

その人は、「自分とKKは許されない」ということを知ると、「地獄に頼るしかない」という考えを持ちました。

結局かつての私がKKに惹かれていた心には、そういう側面があったのだと思っています。当時の自分は病気から救われるなら、何でもよかったのです。病気が治るなら神でも悪魔でもよい。治してくれれば何でも良いと思っていました。

とにかく病気を治したい一心で信仰していた昔の自分には、そうした傾向が確かにありました。それは夢の若い男性と同じ側面だと思います。

しかし、この夢で私は、「それはおかしいぞ」という判断をして、この若者を見ています。これは心境が変化してきたからではないかと思います。

私は、この病気をきっかけに自分を振り返る修行をすると決意しました。

修行を始めた理由は、目が治ることを期待してのことです。

しかし、修行を進めるうちに、自分の気持ちに変化が出てきました。

まず、病気に感謝出来るようになりました。病気のお陰で自分を振り返る修行の道に入ることが出来たからです。それに病気にならなければKKの会員のままだったでしょう。病気は私に新たな人生の道に進むきっかけを与えてくれました。だから私は病気に感謝できるようになったのです。

今の私は、病気のことを全く気にしていません。なぜなら病気になって修行の道に否応なく進むように仕向けたのは、自分自身であると思っているからです。私の顕在意識がKKに染まり危険な状態であるので潜在意識の自分が、修行をするように決意したと思っています。そして顕在意識の私も自分で気がつかないうちに、その事に同意していたと思っています。

そうであるなら、病気のことを案ずるより、自分を振り返って心を浄化する修行をすることの方が大切であると思うのです。

だから、夢に出てきた若い人(男性)の「やはり地獄に頼るしかない」

という言葉に「それは違うぞ」と思うことができたのだと思いま。

若者が、ドラゴンを従えながら、やがてドラゴンに先導されるのは、自分がKKをしていた時代は、悪魔の龍にいつの間にか先導されていた姿を物語っていると思いました。広場からとび落ちるが、再び元の広場に戻り、KKから逃れることができません。これはこの若者が、ここからの逃れ方が分からないでいることを暗示しています。

私が現在取り組んでいる自己改造。それに真剣に取り組んで、しっかり成長できれば、その姿でその若者も気づきが与えられて、出口を見出す可能性があるのではないかと思いいたりました。その若者はかつての私の心の状態と同じであり、私が反省し、成長できると、連動して導かれるかもしれません。ですので、私の心の変容は自分一人の幸せにとどまらず、縁ある方をも導くものとなる。そうした自覚をしっかりと持つように見せられた夢だと感じました。

私はこの夢で、KKにいることがどれだけ恐ろしいことであるかを、改めて教えられました。そして、過去の考えを捨てて、変えて、人格の成長の道へと進むように促されていると思いました。

今進んでいる歩みを決して緩めることなく、成長を続けよう。そう決意しました。(W
 

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