2015年1月12日月曜日

返還請求訴訟⑤ 東京高等裁判所の判決文(抜粋)(4)



<解説>

次に紹介するのは、幸福の科学の主張に対する裁判所の判断です。教団側の一つ一つの主張に対して、明快に否定していくので、読んでいても痛快ですっきりします。法律用語が難解なのでわかりにくいと思いますが、ここは幸福の科学が掲げた控訴の理由が、ことごとく退けられている部分です。それを楽しんでいただきたいと思います。

 
<判決文の抜粋>

(第3の続き)

2 控訴人〔*幸福の科学〕の当審〔*東京高等裁判所〕における主張に対する判断

(1) 本件納骨壇使用契約について

 ア 控訴人〔*幸福の科学〕は、本件納骨壇使用契約について、契約締結当時の当事者の意思が「お墓の購入」にあったことは明白であるとして、特定の納骨壇を固定的かつ永久的に使用できる納骨壇使用権の設定(売買)契約であると主張する。

   しかし、本件納骨壇使用契約は、被控訴人〔*元信者〕らが控訴人〔*幸福の科学〕に対し、本件納骨堂の特定の納骨壇において焼骨の収蔵を委託することを中核とする無名契約であることは、付加訂正後の原判決説示のとおりである。

   なお、控訴人の側においてもシフトアップを許容し、本件納骨堂の建替え後には合祀施設への収蔵も予定するなど、本件納骨壇を固定的かつ永久的に被控訴人らに使用させることを予定していたと認めることはできない

 イ また、控訴人は、本件納骨堂の堅牢な構造や各納骨壇の隔壁及び扉により区分された構造などに照らし、本件納骨壇使用権は直接的排他的支配権としての物権ないしこれに準じる権利または本件納骨壇を固定的・永久的に使用し得る債権的地位であり、本件納骨壇使用契約の性質はその設定契約であって自由に解除はできないとも主張するが、本件納骨壇使用契約の内容は前記説示のとおりであり、また、本件納骨堂内の納骨壇において焼骨を収蔵する主体は被控訴人〔*元信者〕らから委託を受けた控訴人〔*幸福の科学〕であって被控訴人らではないから、控訴人の主張を採用することはできない

 ウ さらに、控訴人は、申込金は本件納骨壇使用権の設定の対価であるから、その設定が既に履行された以上、同額相当の不当利得は成立しないとも主張するが、申込金が本件納骨壇使用権の設定の対価であると解することができないことは付加訂正後の原判決のとおりである。

   また、控訴人は、標準契約約款においては、墓地使用契約に関して使用者が解約できる旨の特約が定められ、その解約権を行使した場合であっても、納付済みの使用料及び管理料は原則として返還されない旨規定されているとも主張するが、標準契約約款においても、使用前には納付済みの使用料の一部返還をする旨の定めもあるから、前記主張を採用することもできない。

 
<解説>

これは納骨壇申込金は一切返却できなとする幸福の科学の主張を、ことごとく退けたものです。法律論なので少し難しいと思いますので、別の興味深い話をします。

教団側が裁判所に提出した資料の中に、色々なお寺の住職等にヒアリングをした内容がありました。それらを通じて、お寺の納骨壇や墓苑は返金をしないということが宗教界の常識であると主張していました。

ところがです。その中にはTVコマーシャルをしているある有名な墓苑の管理者(僧侶)の方の名前もあったのですが、その方に直接お話を伺いに行って驚きました。幸福の科学の提出した報告書に名前が出ているその方は、幸福の科学の弁護士から一度も取材を受けた覚えがないというのです。

そこで、幸福の科学側が裁判所に提出した報告書をお見せすると、「こんなことは話していません。この数字が違う。私が間違えるはずがありません」と全面的に否定されました。

墓苑の運営について教えを乞うと、丁寧にお話くださいました。この墓苑では「お墓や納骨壇のお金は原則はお返ししないことが契約書に明記されているが、ケースバイケースで返金したこともある」と、ご自身が体験された事例を教えてくださいました。幸福の科学が提出した資料には、そうした内容は一切書かれていませんでした。

ところで、この墓苑の管理者(僧侶)の方は、幸福の科学のやり方に立腹され東京高等裁判所に「申入書」を提出されました。そこには、「まず、〇〇〇〇〔*報告書を作成した幸福の科学の中心的な弁護士〕なる人物より面談および電話での取材を受けたことは、記録も記憶もなく」と否定され、自分の名前が許可なく幸福の科学側の報告書に利用されたことに「大いなる不快感を禁じ得ない」と書かれています。その上で、この報告書に記載されている「内容すべてについて、一切の責任を負うことはできないことを、茲に明確に表明する」旨が記されています。

幸福の科学には、でっち上げてでも敵をつぶせという教えがあることは知っていますが、これはその教えを忠実に実践した結果というべきでしょうか。それにしても裁判において、第三者の証言をねつ造してまで信者に金を返さないという心根は、本当に卑しいと思います。(次回に続く)

 

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