2014年4月2日水曜日

対山田美星裁判における控訴理由(1)



控訴理由書(前半)
 

 対山田美星裁判では、私が別の裁判で提出した「陳述書」が名誉棄損の不法行為に当たるかどうかということが争点でした。そして、東京地方裁判所はそれは名誉棄損に当たるとして、私に対して200万円の支払いを命じていました。

 しかし、こんなことが認められると、幸福の科学相手の裁判では、被害者やその支援者が名誉棄損で訴えられることを恐れて、幸福の科学職員に不利な陳述書を書くこともできなくなります。そうなれば、教団はやりたい放題になり、このカルトの不法行為を誰も止めることができなくなり、被害がさらに拡大する恐れがありました

控訴審の判決では、さすがに教団職員である山田美星氏の主張が退けられ、あまりにも問題が多かった第一審判決を覆すことができましたが、今後、こうした二の枚が起きないように、この裁判の情報をできるだけ公開するのは私の義務でもあると思います。
そこで、私の弁護人によって東京高等裁判所に提出された「控訴審理由書」の抜粋を、対幸福の科学の裁判を闘う後の人のために、公開させていただきたいと思います。これは私が、いかなる主張をしたのかを知っていただくためのものです。

 なお、本文は私の判断にて、一部下線を引いたり太字にすることで読者の便宜を図るとともに、プライバシーを尊重して、一部表現を変えていることをお断ります。ただしそれによって控訴理由の趣旨が変わることはありません。

以下に、控訴理由書の抜粋を、前半と後半の二度に分けて掲載します。

 

第1 名誉毀損の不成立

 被控訴人(注:種村修)が問題とした控訴人(注:山田美星)の行為は、控訴人が作成した陳述書を裁判所に提出したということであるが、これが民事不法行為である名誉毀損を構成することはない。以下、詳述する。

 

2 因果関係の不存在

(1)原判決は、「被告種村〔控訴人〕による本件陳述書の作成と、本件各陳述書が各別件訴訟に書証として提出されたこととの間には、相当因果関係が認められる」と判示する(原判決14頁)。

(2)しかしながら、本件各陳述書を裁判所に提出したのは、各別件訴訟の代理人弁護士であり、控訴人ではない。

弁護士は職務の自由と独立を基調として、名誉を重んじ、信用を維持するとともに、廉潔を保持し、常に品位を高めるように努めるものである(日本弁護士連合会が制定した弁護士職務基本規程〔日本弁護士連合会会規70号〕前文及び6条参照)。ここに見られるとおり、弁護士は依頼者からの依頼についても一定の独立性を有し(但し、控訴人は各別件訴訟の依頼者でない。)、証拠の提出についても、広範な裁量の下に、主張立証活動の必要性、争点との関連性等を検討したうえで、その適否を判断する。

本件で問題とされている各陳述書も、各代理人弁護士が、各別件訴訟の争点との関連性を有し、かつ、各陳述書を証拠として提出することは違法でないと判断して、証拠として提出したものである。

このように、本件各陳述書を裁判所に提出したのは、控訴人ではなく、法律の専門家たる各弁護士である。そして、控訴人は、別件訴訟の代理人である各弁護士に対し、陳述書の提出について、法律的にも、事実上も、何らの指揮命令の権限を有していない。当然のことながら、控訴人が、各代理人弁護士に対し、積極的に名誉毀損に該当する主張立証活動をするよう依頼ないし指示をしたといった特段の事情も存在しない。

以上のとおり、控訴人が陳述書を作成した行為と、この陳述書が裁判所に提出された行為との間には、独立した第三者である弁護士の自主的判断が介在しているのであるから、この2つの行為の間には法律的な相当因果関係は存在しない。

したがって、陳述書の提出について、控訴人が民事不法行為である名誉毀損の責任を負うことはない。

 

3 正当な訴訟活動としての行為の違法性阻却

(1)民事訴訟は、私的紛争をその対象とし、紛争の各当事者が互いに攻撃防御を尽くすことによって事実関係を明らかにするとともに、それを基礎として裁判所が法的な判断を行うものであり、紛争解決のための手段として最も公式かつ厳格な制度であって、裁判所の法的な判断結果は、国民に対して大きな影響を与えうる。

   そして、当事者主義、弁論主義を基本理念とする我が国の民事訴訟法の下では、当事者が自由に忌憚のない主張、立証を尽くしてこそ、訴訟が活性化し、これに基づき、裁判所が事案の真相を解明して、国民に対して適正迅速な法的な判断結果をもたらすことができるものであるから、当事者の自由な訴訟追行を保障することは裁判制度にとって不可欠である。

(2)原判決の判示する判断基準の誤り

ア 原判決は、我が国の民事訴訟制度の目的を説示したうえ、「訴訟活動の特質に照らすと、同手続において当事者が行った主張立証において、相手方やその他関係者の名誉を損なうような事実の摘示があったとしても、これが、争点に係る攻撃防御方法のために必要性があり、相手方当事者等の個人攻撃の意図を持って行われたものではない場合には、当該事実が、真実であるか、真実と信じたことにつき故意や重大な過失がないときは、違法性は認められないと解するのが相当である」と判示する(原判決16頁)。

 原判決の上記判示は、当事者が、①当該事実が真実でないことを知っていたとき(故意)、又は、②当該事実が真実でないことについて、重大な過失があるとき、には違法性が認められるとしたものである。

このうち、①のように、当事者が当該事実が真実でないことを知っていた場合に責任を負うことについては異論がない。しかし、②のように、当事者が真実と信じたことについて重大な過失があるときには違法性が阻却されないとすると、主張立証活動を行おうとする者は、「重大な過失」の有無という法的評価に関する困難な判断を強いられることになる。

特に、本件のように、陳述書を提出しようとする者が、このような法的判断を先行させなければならないとすると、陳述書の内容が名誉毀損とされるかもしれないことを恐れるあまり、当事者ないし各事件について重要な事実を知る者が、陳述書作成を控えることになる。これは、上記のような重要な意義を有する裁判制度が十全に機能しないことを意味する。

上に述べたとおり、裁判所が適正迅速な法的な判断を下すためにも、当事者の自由な訴訟追行は、最大限保障されるべきである。民事訴訟における主張立証活動は、あくまでも訴訟活動の過程における一方当事者の主張やこれを裏付けるために証拠を提出するものであり、相手方には、それに反駁し、反対証拠を提出するなど、これに対応する訴訟活動を展開する機会が制度上保障されている。また、当事者の主張立証の当否は、最終的に裁判所によって判断されるから、当事者の主張やこれを裏付けるために提出された証拠によって損なわれる可能性のある名誉、信用も、判決によって完全に保護されることとなる。

さらに、現在の民事訴訟法においては、「訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が記載され」ている等の場合においては、当事者は、当該部分の閲覧等を当事者に限る旨の申立てをすることができるのであり(民事訴訟法92条1項柱書、同項1号)、かつ、この申立てがなさされば、直ちに当該部分の閲覧は制限され、この状態は当該申立てについての裁判が確定するまで継続する(同条2項)。

このように、民事訴訟法では、他者のプライバシーを侵害すると考えられる内容のものであっても訴訟記録中に編綴されることが予定されているのであり、その場合には、閲覧等を当事者限りとすることによってプライバシー侵害を拡散させないこととしている。立法者は、そのような内容の証拠等であっても、訴訟の争点と関連する限り提出することを認めるとともに、プライバシー保護の手続も定めて、裁判の適正とプライバシー保護を図ったのである。

すなわち、民事訴訟法では、争点と関連する限り、私生活についての重大な秘密が記載されているものであっても提出できるのであり、そのようなものであるからといって提出自体が違法とされることはないのである。

 したがって、訴訟活動における主張立証については原則として正当な訴訟活動として違法性が阻却される。問題となるのは、訴訟活動に藉口して、当初から相手方当事者等の名誉を害する目的で、提出者自身が虚偽であることを明確に認識している事実や当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合や、そのような目的がなくとも、相応の根拠がないままに訴訟追行上の必要性を超えて、著しく不適切な表現内容、方法、態様で主張をし、相手方当事者等の名誉を害する場合に限られるのであり、このような場合においてのみ、社会的に許容される範囲を逸脱したものとして、違法性が阻却されないと解すべきである。

  したがって、当事者が事実を真実と信じるについて重大な過失がある場合に違法性が阻却されないとして名誉毀損の成立を認めた原判決の判示は誤りである。

  エ この観点から検討するに、控訴人は、本件各陳述書を各別件訴訟のそれぞれの争点の判断に資するものと判断し、本件各陳述書に記載されている被控訴人ら女性のプライバシーにも配慮して(控訴人本人・14頁)、相談者の話す態度やその他諸般の事情を考慮し、相応の根拠のもと真実であると認識したうえで(控訴人本人・12頁)、提出に至ったものである。

    また、本件各陳述書は、大川隆法氏の不倫の事実を陳述するものであり、その真実性が問題となることは容易に想像できるところ、不倫の相手やその性行為の内容につき、具体的かつ迫真的にならざるを得ず(単に不倫の事実を知っているという抽象的なものでは、証拠価値ないし信用性は認められない。)訴訟追行上の必要性を超えた著しく不適切、不穏当なものと評価されるものではなく、社会的に許容される範囲を逸脱したものではない。

    また、本件においては、別件訴訟の当事者が各陳述書について閲覧制限の申立てを行ったとの主張立証もなく、当事者である大川隆法氏ないし宗教法人幸福の科学が、この陳述書の内容が「当事者の私生活についての重大な秘密」等に該当すると考えていなかったことは明らかである。

(3)小括

   以上のとおり、本件各陳述書を提出した控訴人の行為は、正当な訴訟活動であり、これが違法であるとした原判決が誤っていることは明白である

   なお、仮に原判決が判示する判断基準に則したとしても、本件各陳述書の記載につき、控訴人が真実と信じたにつき重大な過失がなかったことは、後述第2のとおりである。

<希望のブログのご案内>
心理学の専用ブログ「希望のブログ」を設けています。


下記からアクセスください。



2 件のコメント:

  1. 実際の東京高裁判決は幸福の科学勝訴で名誉既存成立・種村修の告発がウソだと東京高裁で認定されてるじゃないの。ウソついたらあかんで

    「週刊文春」記事は名誉毀損 幸福の科学が勝訴
    http://the-liberty.com/article.php?item_id=7537
    (幸福の科学勝訴証拠スポニチ3月19日)
    http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/03/19/kiji/K20140319007806720.html

    返信削除
    返信
    1. 東京高裁の判断・認定が間違っているのです。私は自分が直接聞いたことを証言したのであって、嘘はついていません。だから文藝春秋社は最高裁に上告しています。裁判で真実が見抜けないことはいくらでもあります。だから冤罪事件も絶えません。
      この問題で最も大事なことは、わたしがORに親展で出した手紙が、教団職員の内部告発で週刊文春の記者が入手していたということです。つまり内部告発者は、私が指摘していたことを真実だと感じたということです。週刊文春は、私に、「この手紙を出しましたか」と聞いてきたので、「確かに私が出した手紙です」と答え、その背景を伝えました。週刊文春は内部告発に基づく事実(わたしが手紙を出したという事実とその内容)を報道したのです。これはカルトの暴走を食い止めるというマスコミの社会正義に基づく報道であり、何ら疚しいことはないでしょう。もちろん金銭目的などではありえないと思います。裁判が起きることは100%織り込み済みの報道ですから。
      私も何ら疚しいこてはしていないので、堂々と真実を主張し続けています。だから週刊文春の裁判とセットで行われた対山田美星裁判では、私への山田美星氏からの訴えが棄却されたのです。これは当然のことだと思っています。
      それにしても東京地裁の事実認定の過ちを見抜けなかったのは、東京高裁の落ち度であり、週刊文春への判決はカルトの暴走を野放しにする間違った判決だと思っています。

      削除