2014年2月1日土曜日

OR氏の大悟の再検討



3日間の完全憑依

の科学(K会)では、198789日に東京の四谷公会堂で初級セミナーが開催されました。このなかで「『神霊界入門』講義」が大川隆法(OR)氏によって行われました。それはOR氏が、勤務していた商社を辞めて独立する直前に、ルシファとの対決があったことを実に生々しく話されました。

 その時の話の概要は、次のようでした。

OR氏がいよいよK会を立ち上げるために会社を辞めるかどうかで悩んでいた時、それ以外にも会社の女性に対して「眼だけの恋」(欲望のことだと理解しました)をして欲望のスキがあったこともあり、ルシファに完全憑依された。3日間完全憑依の状態で格闘した。悩乱させようとして、強烈に思考を支配してきた。それでも会社で仕事はしていた。最後にルシファを振り切れたのは、次の思いが強烈に出たときだった。「私はどんなに妨害されても悟りの道を歩むことをやめない。お前も憑いているのなら憑いていなさい。そして一緒に悟れ。」この瞬間、バリバリとはがれてとれた。魔との戦いは最後は不退転の意志である。

 このような内容でありました。この記録は小冊子化されているので初期の方はお持ちでしょうが、出版はされていません。降魔の生々しい話なので、いつ出版されるのだろうと楽しみにしていましたが、されませんでした。
その理由を考えると、1981323日を大悟の日としたので、その6年後にルシファに完全憑依されたことを記録として残すのは、具合が悪いと考えたのではないかと思うようになりました。19817月には潜在意識の宝庫が開かれ、自分が釈迦の魂の本体のエル・カンターレであることを悟ったというのがK会の公式見解だからです。
エル・カンターレは毘盧遮那仏と阿弥陀仏を併せ持った存在というのですから、その悟りを得て6年後に、ルシファの完全憑依を3日間受けて離れなかったというのは、いかにもまずい話です。釈尊が菩提樹下で仏陀の悟りを開かれたのち、実は数年後にマーラーに3日間完全憑依されて危なかったというのと同じですから。OR氏が本当に釈迦の本体なら、そしてそれを悟ったのなら、そういうことはあってはならないことなのでしょう。ですからそういう「不都合な真実」は、二度と表に出さず、忘却の河に流し去る方針なのだと推定します。
 結局、これは1981年における大悟とは何だったのかの再検討を余儀なくさせる問題だと思います。改定後の『太陽の法』最終章に書かれたことは真実なのか? という問題です。
 
釈尊ではないことの証明
 私は以前、OR氏の一千億年の孤独を論じて、極めて長い期間の地獄経験が根底にあるのではないかと論じたことがあります。同時にOR氏は自我が強すぎて、孤独が深いとも考えられます。おそらくその両方とも正しいと思います。いずれにせよ、この孤独は悟りの境地ではなく、迷いです。
 さて、その際に孤独の長さにかんがみてOR氏がルシファと同一の魂である可能性に言及しましたが、修正しておきたいと思います。やはり、ルシファによる完全憑依の経験は、OR氏とルシファが別の魂であることの証だと思います。ですから、OR氏はルシファではないが、それに匹敵するぐらい長い無限の孤独を知っている魂だと思います。
 OR氏は、K会を設立して後も、ルシファを警戒していました。魔に対する恐怖心は、K会の信者全体に浸透しています。これはOR氏の恐怖心の反映だと思います。非常に強い恐怖心を持っているがゆえに、魔に対してきわめて攻撃的で、降魔系の祈願を盛んに行います。今ではOR氏の元奥さんや私もその中に入っているようです。これは恐怖を克服し、無畏施を施された釈尊の境地とは似て非なるものであると思います。
 大悟されて後は憑依を受けることのなかった釈尊と、大悟して6年目にルシファに3日間の完全憑依を許したOR氏の悟りの違いを、それは物語っていると思います。

<注:一千億年の孤独考は下記のブログで見ていただけます>




  
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