2014年1月17日金曜日

(投稿)洗脳解除そして脱会へ③


四正道(愛・知・反省・発展)の崩壊(3)・・・没落への道

 
(前回に引き続き、読者からの投稿を掲載します。これが最終稿です。)

 
  発展は愛の実践の結果、没落へと向うが、それは神の救いの時である

 
K会では信者の没落はあたりまえの結論だと思います。例えば退職金を布施した方がいますが、その退職金を得るには、何十年と働いてきた実績があったからです。それが布施という行為で一瞬にして消えたわけです。後に何が残ったのでしょうか。植福菩薩の称号か、又、ほんの一時の組織内での名声か、自己満足か。世間は、そのようなことを誰も知る人は居ません。年老いた父母を抱えてこの先どうするのでしょう。

私が見る限り、その方は菩薩ではありません。普通の真面目な人間です。これが、会社規模だと経営が危機的状況になるでしょう。

人それぞれが思うところでしょうが、尊いものに布施をする行為は、大切な行為です。しかし、自分の生活を破壊するような行為は、果して本物の宗教行為でしょうか。常識的な人は、そのようなことはしないでしょう。そこには、何かしらの原因があるはずです。

インドの釈尊は、我欲に捉われてはいけないと教えられました。極端な快楽、極端な苦悩の中には、幸福はないということです。菩薩を目指す為に、生活を破壊するような極端な布施をする必要はないと思います。巨額の布施をすれば、植福菩薩の称号が得られるのなら、お金持ちが絶対に有利です。そのような悟りの世界はありません。単純で簡単なことです。それが真実ならば、布施=菩薩(布施 ≧ 1千万円)という法を仏が用意されているということになります。これが永遠の真理なら、インド時代はどういう通貨で表されたのでしょう。ばかばかしい話しです。これとは逆に良く知られている話は、貧者の一灯でしょう。ある貧者が自分にできる心のこもった布施をしたという話ですが、その心が尊いのです。
 

活動信者は、教祖を根本仏と信じているので組織に言われるままに無理を重ねて布施を続けてきました。莫大な金額の降魔像、納骨壇もしかりです。しかし、金銭が無尽蔵にあるわけではないのです。毎月の収入が決まっているからです。こつこつ貯めた貯金を使い果たし、毎月の生活に困り果て、将来の生活不安が襲います。世情は年々厳しくなり、年齢は容赦なく過ぎ去り、確実に老いていきます。必死で布施を続け、周囲に法を強要し、人は自分からはなれて行きます。会社では、危険な目で見られ迫害されだします。そして、気づいた時には、自分が落ちぶれている姿に気がつきます。

しかし、その時は、救いの時なのです気づきの時なのです。皮肉にも、没落するから、永年の苦役から脱することができるのです。又、そこから逆境が始まります。洗脳解除と生活面での逆境です。死ぬほど辛い目に合っている自分がいますが、神は見守っておられます。必ずや真の神の救いの時がやってきます。

その時こそ、神の愛とは何か、反省とは何か、仏性とは何か、我欲とは何かを真に知るのです。没落から一転し、新生する自分、本当の真理への出発が始まるのです。

 
  四正道の崩壊、団体の判断は、実った果実をみれば解る

 
数十年間にも渡り、仏の説く優れた教えを実践し、与える愛を実践し、救世活動を日々行い、選挙活動を行い、結局、世の人の目はどうだったのでしょうか。一番解りやすいのが、選挙の結果です。K会を認めない世間の人が悪いのか否かです。数十年に渡る伝道活動、講演等は凄い活動量です。信者は、必死で法を広めてきたのです。その結果、世間の人は認めていないということなのです。

実った果実をみれば解る」、「長い目で見た世間の目は正しい」というのは、教祖が言っていたことです。これら言葉を否定し、K会に投票しない日本ならば、一旦海に沈めるとまで言ってしまったのです。そのようなことを言う団体を世間が認める訳がないのです。

名誉毀損裁判や布施返還訴訟は、K会によって苦しんでいる方が、裁判、訴訟を起しているのです。これは、与える愛を説いているK会が他人を苦しめている事実です。

このような客観的な事実があるにも関わらず、まだ団体の誤りに気がつかないという信者さんは、種村ブログを読み込み、アンチの情報を集めてみれば良いと思います。それらを見れば、魔が忍び寄るとか入られるとか、私も教えられていましたが、そのようなことは全くありませんでした。気楽に見てみれば良いと思います。

 
私は、K会は裁判を起こすほど、不利になっていくと思います。自己保身をする人というのは、自分を正当化しなければならないので、嘘が多いのです。自分の事(容姿ではない)を常にきれいに見せようとする人は会社にもいますが、とにかく嘘が多く、その嘘は直ぐにバレてしまうのです。これが、宗教だと法を捻じ曲げなければならなくなってきます。何故なら裁判を起こされたり、起こしていることそれ自体が争いだからです。世界中の戦争や争いをなくし、平和な地球、愛の星地球にしていくことがK会の理想のはずです。裁判は争いです。平和な心とは真逆のものです。布施返還訴訟の和解すらしない姿勢は、阿修羅なのです。だから、益々没落していくかもしれません。

その姿は、四正道の崩壊の姿でもあるのです。四正道が崩壊すればする程、K会も崩壊していくのです。四正道というのは、大宇宙の法則ではありません。何故か。1つ言えば、高度な知が必要なら貧しくて満足に教育を受けられない世界の人々は救われないからです。真理は誰にでも実践できなければ救済の法とは言えないからです。ですから、これで愛の発展、悟りの向上、世界の進歩発展はないのです。
 

私は、宗教とは救いだと思います。救いがないから世間から認められないのです。救いがないのは、法が誤っているからです。法が誤っているということは、法を説く者が大悟していないということなのです四正道崩壊の姿として、和合層破壊は我欲の結果であり、教祖自身が原因をつくっているのです。

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