2014年1月14日火曜日

(投稿)洗脳解除そして脱会へ①



四正道(愛・知・反省・発展)の崩壊(1)

K会の名誉毀損裁判、和解勧告拒否に想う、法の検証

 
(読者から大変興味深い投稿をいただきました。3回にわけて掲載します。)

 
  解釈の仕方によって、法は如何様にも適用できる

 
「この世のものは、心以外全てガラクタである」という言葉は、かつてK会の教祖がよく言っていたことです。私が活動会員の時や脱会後もこの言葉は正しいとずっと思ってきました。しかし、今は違います。「この世のものは、神が心の向上の為に用意して下さった愛の現れである」と思っています。

しかし、この世のものは、創る人、使う人の心や使い方によって本質が変わってしまいます。例えば、包丁は使う人の心、使い方によっては凶器になります。それと同様に、心の教えや救世活動、霊言、祈願、研修等も同様に創る人、使う人、使い方によっては、社会的な凶器に変わってしまいます。

法も同様で、法の解釈の仕方は如何様にも解釈ができて、理由付けができます。解釈によって使い方が変わってしまうのです。

「根本仏が人間に生まれてくることは今後二度とないのだ。全てを投げ打ってでも仏のお役に立つことが仏弟子の使命である。」ということを信じて、老後の退職金までお布施したり、土地を寄進したりと様々な方がおられると思います。「全てを投げ打つ」という「全て」の解釈によって、心と行動が変わってしまうのです。この言葉は、本当に恐ろしい言葉なのです。

 
  偽ものの法は言い訳ができる

 
1995年後期から1996年にかけて、信者に過酷な活動を強いた支部は、組織崩壊のきざしが出ていました。教祖が気づいた時には荒廃が始まっていて、慌てて支部巡礼を始めたと、当時私は支部関係者から聞いています。その時にある支部の信者が「生活まで犠牲にしてお布施をする必要があるのか否か」という質問を教祖にしている録画テープを見ました。その時の教祖の返事は、「私は無いものまで出せとは言ってはいない」というような返答をしていたと記憶しています。

その時私が不信に思ったのは、「ならば、『全てを投げ打ってでも』ということばは矛盾している」という想いでした。私は当時活動の役をしていましたが、実際には生活が出来る状況を超えて、無理をして無いものまでお布施していたのです。

つまり、教祖は「全てを投げ打ってでも」という解釈をその場で変えているのです。

裁判においても、様々な抗弁がなされていますが、自らが説いた法の解釈を変え、理由付けをしているのです。それは、自らが説いた法に責任を持っていないということなのです。

 
  マインドコントロールによって、愛の心の矛先が変化する

 
K会の特に活動会員は、教祖を仏陀や根本仏と強く深く信じている状態(洗脳)にあります。自分のことも「かつて仏弟子であった」と強く信じています。教祖の弟子、すなわち仏弟子であることに誇りを持っています。そして、自分たちが救世活動の主役であると信じ、「私たちが世界を救世しなければならない」という強い自覚があります。これは教祖に植え込まれたものです。ここまで、信じ切っているのです。

そのような状態の中では、教祖の説く言葉は、直説金口(じきせつこんく)として大切にします。例えば、人は自分を生み育てて頂いた父母、先祖を敬います。霊的世界での生活が主であり、この世は仮の世界であるというのは正しいと思います。K会信者は当然に信じています。そこで、この教えを利用して、永代供養、納骨壇に向けるわけです。お金がある活動会員は、亡くなった縁者に対する愛の想いがありますからこれに飛びつくわけです。

洗脳状態にある時は、教祖の言葉は「仏の言葉」です。後は、マインドコントロールすれば、信者はどんどんお金をつぎ込んでいきます。降魔型のエル・カンターレ像も同様で、近隣国の脅威から日本を守るという理由を付けられて、購入しているのです。ここにはやはり、国を護りたいという愛の想いがあります。

 
  四正道の根底は愛でなければならない理由

 
上述で気がつきますが、豊かで愛の想いがある方は、マインドコントロールの格好のターゲットといえるでしょう。信者の愛の心は、お金集めのターゲットとなっているのです。もし、国家や他人の幸福に感心がない方、そのような愛の心が無い方、自分の悟りの為だけに向う人ならば、それほどお布施や活動はしないでしょう。それを活動会員にもっていくには、偉大な根本仏の存在、その根本仏に選ばれた者、天国への昇天の保証、菩薩への道、来世以降の保証(永遠に仏弟子)が必要です。

それとは逆に、偉大な根本仏を信じない破壊者は、大阿鼻叫喚地獄に落ちるという恐怖も必要でしょう。そして根本仏の弟子ならば与える愛を根底として、全てを投げ打ってでも今世の使命を果さなければならないという自覚を植え付けます。与える愛の実践では伝道と同じくらい重要なのは、仏の教団を支えること、お布施だと教えます。こうして与える愛の方向性を一方的に決められた方向に人、時間、金、人脈等を誘導していくのです。(次回に続く)

<希望のブログ>
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