2014年1月10日金曜日

(投稿)判決文を読んでK会を想う



(読者の方から頂いた投稿です。)

判決文を読みました。

判決はひどいというしか言葉が出ないです。

『舎利弗の真実に迫る』の部分的な抜粋(注:判決文に添付)の文章ですが、改めて文章を見ると、ひどいものです。この文章は、普通に誰が読んでも名誉毀損だと思います。

私は判決文ではなく、K会と教祖の批判を書きます。

 創作による誹謗中傷


そもそも本書籍は、前書きで、舎利佛の確認ということを目的としていることを断言しているのに、書籍の内容自体、矛盾しています。


教祖が仏陀ならば、本物の舎利佛を最初から呼び出して霊言すれば、それで良い事です。本物の舎利佛を呼び出して、種村氏が本物の舎利佛か否かを聞けば、一言で済むことなのに、わざわざ種村氏の守護霊を呼び出して、長々と誹謗中傷と取れる対話を行なう必要はないでしょう。

舎利佛の確認に種村氏の名前が連なって出てくること自体が、おかしいのです。これは結局、種村氏を誹謗中傷していることと同じことになります。この書籍は、明らかに著者OR氏の想像の産物で、誹謗中傷する為に創られたものだということが、前書きと矛盾する内容なので良く解ります。

そもそも、種村氏の守護霊をあえて呼び出して、名前まで出して霊言する必要はないのです。多くの信者や会員はもちろんのこと、一般の不特定多数の霊言を信じて読んでいる人々は、種村氏を悪人視しています。この本をきっかけとして種村氏を信じてカウンセリングを受けていた人が離れていき、仕事上でも多くの弊害が出ていたのではないでしょうか。

 因果はくらますことができない

今回のK会の抗弁を読めば、如何に教祖の器が小さいかがよく現れています。

 こんな書籍を出してまでも相手を貶めて、自分を正当化しなければならないものかと思います。普通の人は、これを読めばそれぐらいのことは、見破れると思います。

しかし、尚未だに信仰し、教祖を根本仏様だと言っている信者も多くいます。しかし、悪因悪果は確実に積み重なっているのです。特に活動信者は、貧困になっていきますが、それはK会を信じ活動した罪ゆえの貧困であり、没落であるのです。そのようになる理由があるということです。

確かに洗脳されていることも理由としてはありますが、信者の自己責任も大きいのではないでしょうか。信じている活動信者も献本、お誘い、伝道をして何の罪も無い人を誤った思想の中に引きずり込んでいます。そうした罪を犯しているのです。

本当の釈迦牟尼如来が説かれた「因果の理法」はくらませないのです。

大宇宙を創造された根本神の本体が一惑星の高等生物として生まれることはないと思います。(注:そのことは『仏陀再誕』に書いてありました。)

 

自他の過去世を意識するのは我欲の現れ

そういうことで、かつて活動信者であった私にも大きな深い試練がきて、死に瀕しながらかなり苦しみました。K会に洗脳されていたという理由があったにせよ、誤った法や組織に導いた私の因果があったと痛感しています。私は自分の間違いや伝道活動の反省をし、自分の因果にて滅ぶなら仕方のないことだと覚悟しました。しかし、イエス様のご慈悲で、救いの手(愛の法)を投げかけて下さったと信じています。そして、この試練を潜り抜けたからこそ、脱会することができて人生もなんとか再起できていると思っています。その結果、私は、K会の悟りの法、愛の法を再度振り返り、如何にそれらが誤っている法であったかを悟れたことに感謝しています。

 今思えば、自分の過去世が立派だったら誇れる、自信ができるがそうでなければショックを受けるとかという想いや会員同士で○○本部長や講師の過去世の話題で凄い人とかいった感情が飛び交っていました。しかし、大切なのは今世でどういう心境でどう生き抜いたかということであって、過去世ではないと今では自然に思えます。結局、過去世という名誉で従わせ、人は過去世に捉われ尊敬する。これは我欲以外のなにものでもないと思います。

真の仏陀は悟りの力で三世を見通す

当該書籍のように本物の舎利佛の確認を霊言で比較させなければできないというのなら、仏陀というには低レベルだと思います。真の仏陀ならば、その人物を見ただけで全て見通せるのではないでしょうか。。

以前、私は職員から「総裁先生にお会いしても、総裁先生の目を見てはならない」とよく注意されていました。その理由は、教祖が相手の目を見た瞬間、過去世等を全てリーディングしてしまい、御迷惑をお掛けするからだというものでした。それが本当なら、そんな人が、わざわざ過去世認定のために霊言で霊査する必要はないはずです。

今回のような結果をみれば判りますが、種村氏にせよ、教祖の元婦人にせよ、教祖自身の霊能力では過去世が全く解らなかったということになります。それをT氏(霊人)のせいにしているのでしょう。自分(教祖)は過去世など認定していないと言いたいわけです。つまり教祖は、その間違いも見抜けないままに、T氏の過去世認定をそのまま追認していたと言い訳しているのです。その過去世認定が真実か否かも分からないで、組織内で種村氏を舎利佛、教祖の元婦人をアフロディーテ等と公表していたことになります。

これらは、ご本人たちと信者への騙しです。信者は騙されて、研修を受け、講演を聴きに行き、関係のある祈願をしたことになるのです。

本物の釈迦牟尼如来(真の仏陀)ならば、インド時代の縁深い右腕である舎利佛の確認に、そうしたプロセスは必要ないはずです。(注:インドの釈尊は舎利弗と大目連は一目で過去世の高弟であることを見抜いたと仏伝が伝えています。)いちいち霊言による確認のプロセスがあるということは、霊能力で見通しているのではなく、頭で何かを測っている、もしくは創り上げているものと思われます。つまり、今回の霊言は、つくり話しということが推測されます。

⑤誤った判決を下すということは

 今回の裁判で誤った判決を下すということは、K会に関わらず霊言方式での誹謗中傷を無限に許すということになります。創作で良いのです。過去の偉大な聖人は、個人を対象に勝手に次々と霊言をして過去世を明かしてはいないのです。インドの釈尊やイエス様が必要ならば当時でもそうなされたと思います。しかし、事実は違い悟りの法や神のお言葉を降ろされているのです。現代人の霊言によって一体何が変わったというのでしょう。それよりも大切なのは、厳しい現実にさらされている人々に心で、行為でK会のいう愛を与えることではないでしょうか。出版で他人を傷つけ反省をしないのは、教義とは反対の行為で、如何なものかと思いますが。
 
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