2013年12月6日金曜日

布施返還訴訟でわかったこと


宗教としての格の低さ

  幸福の科学と元信者4人の間で行われている納骨壇等の布施返還訴訟の証人喚問を傍聴して、非常に気になる主張が幸福の科学側からありました。

 この裁判では、元信者の方々は次のように求めていました。

「納骨壇(幸福の科学信者のお墓)を申し込んだが、まだほとんど未使用であり、かつ信者をやめたのでキャンセルしたい。そこで納骨壇の購入代金を返してほしい。」

 納骨壇は、お骨を入れる箱状のスペースです。そこを使う権利が購入者には生まれるのですが、キャンセルしても別の方が使えます。従って返還するのに何の支障もないと思われます。

 ところが、幸福の科学のA元支部長(支部長の役職はB元信者が在籍した支部に在職した当時のもの。現在は本部の職員)はこう主張しました。

「退会者の納骨壇は汚れが生じたので、ほかの人が使うことはできないし、教団としてもそういう汚れの生じた場所の納骨壇を他の信者に勧めることはできない。だからお金は返せない。」

 つまり、幸福の科学は退会者によって発生した汚れを浄める力がない宗教であると、元支部長(本部職員)がはっきりと認めたのです。

 これには本当にびっくりしました。

 私は以前の佐久平支部の支部精舎建設問題で、「霊的に厳しい不浄な土地ほどエル・カンターレの光で清めるのが宗教の本来の使命である」と趣旨を、総合本部の局長クラスが支部で会員に話し、地元会員から問題視されていた土地に支部精舎を強引に建設したことを知っています。しかし、その説明は嘘であったらしいのです。なぜなら、退会した信者の「汚れ」すら浄化する力がない宗教に、自殺者や殺人などの犯罪やトラブルの多発することで有名な土地の「汚れ」を浄化できるわけがないからです。

 一緒に傍聴に来ていた方が、家族にこのA元支部長の話をしたところ、「幸福の科学には、その程度の汚れを浄める力もないということね。要するに宗教の格が低いのね。」と即座に言われたそうです。

 裁判というところは、支部では絶対に聴けない教団の本音が聞けるところだと、しみじみ思いました。

(文中、カッコ内の記載内容は、私が聞いて記憶しているものを再現したので、細部の表現は食い違うことがあると思いますが、趣旨は損ねないよう配慮しています。)

 

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