2013年12月5日木曜日

名誉棄損裁判 判決文④



「判決文」(4)

(2)名誉毀損の成否(争点2)

 本件書籍中、原告(注:種村修)が原告の社会的評価を下げると主張する箇所は、別表中「該当部分」記載のとおりである。同箇所に関する原告の主張は、同表中「原告の主張」記載のとおりであり、被告らの主張は、同表中「被告らの主張」記載のとおりである。

(注:これに対する裁判所の判断は以下の通りです。)

2 争点2(名誉棄損の成否)について

(1)名誉棄損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものである。そして、ある記載の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記載についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものである(最高裁平成6年(オ)第978号平成999日第三小法廷・民集5183804頁参照)。

(2)  本件書籍の特徴

本件書籍(甲1)では、被告大川が、本件霊言方式により舎利弗ないしは原告の守護霊となったうえで幸福の科学の会員との対話がなされる形式をとっているが、守護霊の霊言が真実であるとは一般人には受け入れられていないことは被告らが認めるところである。本件書籍の著者は、被告大川であり、一般の読者は、本件霊言方式による舎利弗ないし原告の守護霊の発言とされた記載は、被告大川の意見を記載した記述であると理解するということができる。本件書籍中に、被告大川が、守護霊の霊言内容は、その人の本心と考えてよい旨記載したからといって上記理解が左右されるものではない。
 そうすると、一般の読者は、本件書籍全体からして、本件書籍は客観的事実を分析・調査して意見を表明する類のものではなく、主に被告大川の意見(論評)を表明したものであると理解するということができる。本件書籍に記載された第2部第1章の「1 舎利弗と呼ばれた人の真相を探る」(甲1第81頁、92頁)には原告であることを明示していないものの、舎利弗の生まれ変わりと言われていた生長の家編集部に勤めていた人が教団御初期の頃に生長の家を辞めて幸福の科学に来たとして原告であることが教団関係者に容易にわかるように記載したうえ、原告が訴外きょう子と結託して別派活動をしたならば、古い会員などを引っ張っていけるチャンスもあるのかなと感じるので霊的な部分についてきちんとしておかなければならないとか、原告が、「今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施をした信者あたりを狙って、布施をしたお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいということが分かっています。彼が舎利弗であったか否かについては、とっくの昔に明らかにし、否定しておかなければいけないことであったと思います」などと記載しているから、一般の読者は、本件書籍の執筆及び出版が幸福の科学の内部における別派活動を教団に波及させないようにするための書籍であるとの印象を受けるといえ、本件書籍に記載されている内容はかかる被告大川の意図に基づき著された内容であると判断するということができる。この認定を前提として原告の主張を検討する。

(注:この件についての私の見解はすでに述べましたが、この前提をつけることで、内部向けの文章だから内を書いても一般読者はその点を割り引いて読むので、名誉毀損でないという趣旨の判決が続くことになります。一つ一つの争点に関しては、次回から順番に紹介します。)
 
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