2013年12月4日水曜日

名誉棄損裁判 判決文③



「判決文」(3)

2 争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  法律上の争訟性(争点1

 (原告の主張)

  本件は、原告の過去世が舎利弗でないと言われたことを問題にしているのではなく、本件書籍によって原告の人間性や人格が否定されたことにより名誉が毀損されたことを問題にしている。被告大川は、対立関係にある原告を排斥し、陥れるために霊言という手法を用いて本件書籍を出版し、全国の書店で販売することで原告の社会的評価を低下させようと謀ったものである。よって、法律上の争訟である。

 (被告らの主張)

  本件書籍は、真正な舎利弗は誰かを確認するプロセスを記したものであり、舎利弗が現代日本に転生した事実があるのか、あるとしたらそれは誰か等を霊言によって調査探求するもので幸福の科学における原告の宗教的位置づけを明確化するために発刊された書籍である。霊言現象の存在と霊言を真実と考えない一般人にとって、本件書籍の内容は理解の域を超える。本件書籍は、幸福の科学の信仰を有しない者にとっては理解困難な宗教的事柄が主題となっており、本件は宗教論争といえるから、法律上の争訟ではない。

(注:追加解説)
  ここで、「被告大川ら」の「被告準備書面」(平成2558日)における主張を紹介します。「被告大川ら」は「本件書籍の意味内容」に関して次のような主張をしました。

<「霊言現象」の存在及びそこで語られる言葉(霊言)を真実と考えない一般人にとっては、本件書籍における個別の質疑応答の内容は理解の域を超えるものであり、真実と受け取ることはない

 いいかえれば、本件書籍の内容は、被告大川隆法総裁(以下「大川総裁」という)の説く宗教的価値観の共有を不可欠の前提として初めて理解しうるものであり、このことは本件書籍の内容が実質的には「宗教論争」そのものであることを意味する。>(「被告準備書面」平成2558日)

以上の争点に対する裁判所の判断は以下の通りです。

 3 争点に対する判断

1 争点1〈法律上の争訟性〉について

被告ら(注:大川隆法と幸福の科学出版㈱)は、本件は舎利弗が誰に転生しているか等の宗教的事柄が主題となっている宗教論争であるため法律上の争訟ではないと主張する。

たしかに、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する係争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和39年(行ツ)第61号昭和4128日第三小法廷判決・民集202196頁参照)。そして、訴訟が具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題にとどまるものとされていても、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものであり、紛争の核心となっている場合には、当該訴訟は、法律上の争訟にあたらないというべきである(最高裁昭和51年(オ)第954号昭和5647日第三小法廷・民集353443頁)。

しかし、別表記載の当事者双方の主張内容に基づき検討すれば、本件では別表「該当部分」に記載された内容により原告の社会的評価が低下したか否か等が本質的争点であるが、争点を判断するにあたり、本件霊言方式や原告が舎利弗であるか否かなど幸福の科学の信仰の対象の価値ないし宗教上の教義が本質的争点の判断に直結するものとは認められない。よって、被告ら主張の宗教的事柄が本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものとはいえず、紛争の核心となっているともいえないのであって、本件は法令の適用により終局的に解決することができるといえる。被告らの主張は採用できない

(注:下線は重要部分について、私の判断でつけました。)

 この裁判所の判断の中で(別表「該当部分」)というのは、『舎利弗の真実に迫る』から問題個所を一部抜粋し、それに対する原告側と被告側の主張をまとめた表です。必要応じて順次掲載します。


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