2013年12月28日土曜日

名誉棄損裁判 判決文⑩



「判決文」(10

(8) 別表「番号」欄の記載⑥について

 記載⑥を閲覧した一般の読者は、記載⑥には、原告が学生の頃、左翼と激突し、棒をもって殴り合って暴力沙汰になったとの事実が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載⑥は、原告が犯罪行為に加担する闘争的な人間であるとの印象を一般の読者に与えると主張する。しかし、当該発言は、原告の元妻からの伝聞という形式をとって記載されたもので、原告が行ったとされている暴行行為は「棒をもって殴りあった」とやや抽象的な表現にとどまる。また、上記(2)の本件書籍の特徴からして、一般の読者は記載⑥を読むことで、ただちに原告が犯罪行為に加担したとの印象を持つとまでは認められない。加えて、記載⑥には本件霊言方式がとられており伝聞形式で記載されていることも考えると、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、記載された事実の信ぴょう性は低いことからして、記載⑥によって原告の社会的評価が低下したとは認められない。

 
<記載⑥>名誉棄損 該当部分

斎藤:実は、「学生のときに、『生長の家』に属していながら、政治活動もしていた」と、元奥様から聞いております。そのときには、スーパー右翼的な発想で、左翼と激突し、棒をもって殴りあって、暴力沙汰になったそうですね。しかも、そのときに、あなたの担当していたグループのなかで、生長の家の学生が一人死んだとも聞きました。(114115頁)

種村守護霊:それはねえ、谷・・・・。

斎藤:実際に死亡したと言われてましたよ。ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩きあうような、非常に阿修羅的な波動を持った状態だったそうですね。(115頁)

 
<被告らの主張>

 当該記述から原告がかつて学生運動に関与したという意見を被告らが表明していると読者に受け取られるとしても、学生運動及びその中で行われた暴力沙汰及び亡くなった学生に対する原告の具体的な関わり方は本件書籍から不明であり、原告の社会的評価は低下しない。

 
<原告の主張>

 原告がヘルメットを被り、棒を持ってバンバンと叩き合うような超右翼的で過激な政治活動に関わり、暴力行為、犯罪行為に加担していたという印象を一般人に与えるため、原告の社会的評価が低下する。

 
<感想>

 本書で「斎藤」氏は元妻の証言であるとして、しかも本書の別の個所で「斎藤」氏は、「私は事実しか申し上げていません。」と言い切っています。明らかに事実の摘示を行っているわけです。にもかかわらず「被告ら」(注:つまり大川隆法氏等)は単に「意見を表明していると読者のうけとられる」と言いのがれをします。どう見てもこれは事実の摘示であり、それ以外の読者が受け取りようがないと思いますが、いかがでしょうか。

 「棒を持って殴りあった」というのは、極めて具体的な記述であり、抽象的な表現ではありません。判決文が言う「抽象的な表現」というのは「暴力的で過激な行為があった」程度のものをさすと思うのですが、いかがでしょうか。過激派学生のセクト間の暴力構想で、しかも死者が出るほどの激しい抗争を私が行っていたと、元妻から確かに聞いたというのは、これは大変な事実の指摘であり、社会的評価が下がるに決まっています。でも、判決文は、これは抽象的だから原告(注:種村修)の社会的評価が下がらないというのです。特に霊言形式で、しかも伝聞形式で記載されているので、社会的評価が下がらないのだそうです。

しかし、「斎藤」氏の発言は、本人が私の元妻から直接聞いたものである以上、伝聞と言っても極めて信憑性が高いと読者は判断するのではないでしょうか。伝聞形式であれば、しかも霊言形式も加わっていれば、いくら嘘を書いて相手の過去や人格を攻撃しても名誉棄毀損には問われないのでしょうか。そういうお墨付きを、この判決文は大川隆法氏らに与えていると、私には読めますが、いかがでしょうか。

 
 なお、生長の家は政治活動を行っていた時期があり、愛国的な活動を積極的に支援し、かつ指導していました。生長の家とは別に政治運動をしていたという斎藤氏の言い方は、間違いです。私は生長の家の学生部(生学連といいました)の指導で、2年生の時に京大内で昭和天皇の御在位50年の奉祝の活動を行いました。その時は、ビラを配るたびにいつも左翼学生に取り囲まれて、暴行を受けましたが、私は言論だけで対応しました。

「左翼と激突し、棒をもって殴りあって、暴力沙汰になった」「ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩きあう」ようなことを、私自身はしたことがありません。もっとも、武装した左翼学生に襲われて、ケガをしたことはあります。眼鏡を何度も壊されたこともありました。しかし、私は常に言論で戦ってきました。

私が棒でバンバンバンバン叩き合ったとか、殴り合ったことは一度もありません。殴られたことはありますが、殴ったことはありません。それは私が、すべてのものを仏の子として礼拝した常不軽菩薩(法華経に出てくる平和的な菩薩で、迫害するものの仏性を拝んだ)の精神を、谷口雅春先生から学んでいたからです。だから、相手を殴ることができなかったのです。

 「斎藤」氏は、学生運動の暴力抗争で生長の家の学生が一人死亡したと断言しています。そんな事実はありません。左翼との暴力事件で死亡した学生は、一人もいません。これは全国でも一人もいません。当時の生長の家の仲間なら証言してくれます。

このように明白な嘘をついてまで、私を貶めようとするこの書籍を、それでも名誉棄損に当たらないという判決を、私はどうしても正しいとは思えません。ですから、東京高等裁判所に控訴しています。私は、ここまでの悪質な言論を、裁判所が無制限に幸福の科学という宗教団体に許してはいけないと思います。

(なお、判決文の趣旨からすると、何を言っても大川隆法氏の霊言での発言は一般の読者が信用しないので、原告の社会的信用は低下しないという判断のように読めますが、これは大川隆法氏の霊言への侮辱以外の何ものでもありませんから、信者の方は内心は決して心穏やかではないと思います。)


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