2013年12月14日土曜日

名誉棄損裁判 判決文⑦



「判決文」(7)

(2)別表「番号」欄の記載③について

 記載③を閲覧した一般の読者は、記載③には、原告が、幸福の科学の中で重用されなくなったことに恨みをもち、また経済的に困窮したことから、幸福の科学の会員にお布施を返還させ、それを原資に別会派を作ろうとしているとの被告大川の意見・推論が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載③は、原告が権力欲が強く、金に執着する人間であるとの印象を一般の読者が記載③を読むことで、ただちに原告が権力欲が強い人間であるとは認められない。また、原告が経済的に困窮しているとの点については、具体的な事実が適示されているわけではないので、一般の読者は、被告大川の推論が記載されているとの印象以上に、原告が経済的に困窮していたとの印象を持つとは認められない。加えて、記載③では本件霊言方式がとられていないものの、被告大川の発言内容は本件霊言方式がとられた記載②や記載④と同内容のものであるから、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、その記載内容が事実であると直ちに受け止められることはないということができる。記載③によって原告の社会的評価が低下するとは認められない。

名誉棄損該当部分③

<記載③>名誉棄損 該当部分

大川隆法:教団の初期のころ、西荻に事務所を開いたころに、舎利弗の生まれ変わりと言っていた人がいました。その人は、もと「生長の家」という教団の編集部に勤めていたのですが、そちらを辞めて当会のほうに来たのです。(81頁)

大川隆法:そして、還俗後、彼らも、何とか生活ができているうちはよかったのですが、生活ができなくなってくると、いろいろとよくないことをやり始めているようです。そして、最後には、「ミニ教団らしきものを作って食べていく」というようなことを考えるわけです。(83頁)

大川隆法:自分たちを固定した状態で見ていれば、教団のほうがどんどん変化して、自分たちが置き去りにされたようなかたちに見えるため、彼らには、「初期のころに重用された自分たちが、その後、重用されなくなった」というように恨んでいる面もあるのでしょう。(84頁)

大川隆法:そういう働きをしたのが舎利弗たちであったので、「舎利弗が別派をつくって幸福の科学の信者を連れていく」というのは、話として少しおかしいのではないかと私は思いますし、信仰心のあまりいいかげんさに、あきれる思いもしないわけではありません。(90頁)

大川隆法:そういうことで、以前、智慧第一と言われていた人が、今、ちょっと悪さをし始めていて、会員を引っ張って迷わそうとしたり、文殊と言われた人あたりとつるんだりし始めているようです。(9091頁)

大川隆法:まあ、はっきり言えば、初期のころに当会に来て、最初、事務局課長として職員になった種村という人が、今、別派的な動きをしており、当会に多額の布施した信者あたりを狙って、布施をしたお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいことが分かっています。(92頁)

大川隆法:それでは、かつて「種村修学(しゅうがく)」という法名をあげた方ですが、この人が、今、ちょっと悪さをしているようですので、(93頁)

    「職にあぶれて食い詰めている」という現状」(注:小見出し)(94頁)

種村守護霊:もう一回言わしてくれる? あの長男の宏洋っていうのはね、奥さんが海外旅行する度に、私んとこで子守したんだからさあ、その恩義を考えればさあ、生涯年金ぐらい出せよ。(191192頁)

大川隆法:やはり、彼には、大会社から来たような気持ちがあったのかもしれません。「大会社から、新興の零細企業に来てやったんだ」という気持ちは、やはり持っていたのでしょう。

ところが、あっという間に逆転されていく感じになりましたのでね。あとからあとから優秀な人が出てきて教団が発展していくのを見て、それが分からないというか、彼には、生長の家的ノウハウでは理解できない部分がそうとうあったのだろうと思われますね。(210211頁)

大川隆法:まあ、おそらく、この人は、名なしの権兵衛でしょう。

大川隆法:名なしの権兵衛です。いろいろな宗教に、ちょこちょこ手を出して、宗教的なものを学んではいるのだろうけれども、智慧第一でも何でもなかったようですね。(216217頁)

大川隆法:まあ、うらやましいのではありませんか。あなたが精舎の館長をやったり、専務になったり、村田さんも大学の学長をやったりして、何か、うらやましくてしょうがないのではないでしょうか。「仕事は俺のほうができた」などと思っているのかもしれませんね。

しかし、宗教修行はマラソンのようなもので、「長く持つ」ということも大事なことなんですよ。(222223頁)

<原告の主張>

 原告が幸福の科学の中で重用されなくなったことに恨みを持ち、また職にあぶれて食い詰めた状態になったことから、多額の御布施をした信者達に取り入り、御布施を取り返させ、それを資本金に別派を作ろうとしている等の記述内容により、原告が、権力欲の強い人間であり、また金に執着する金にきたない人間であるかのごとき印象を一般読者、信者達に与えることにより、原告の名誉が毀損されている。

 被告らの主張の(A)につき、「恨む」ということはマイナスイメージであり社会的信用を低下させる。

 被告ら主張の(B)につき、当該記述は原告が、信者をそそのかして別件訴訟をさせ、その訴訟によって得た金まで横取りして自らの資本金に使おうとしている人間だと評価されることになり、原告の名誉を毀損する

 被告らの主張の(C)につき、当該記述は原告が職にあぶれたことから、訴外きょう子とつるんで、別件訴訟等を提起したことが記述されており、原告が、金のためには、例え過去に世話になった人でも逆恨みして陥れようとする執念深い人間と思わせるものであって、社会的評価が低下する

<被告らの主張>

 当該部分は、(A)初期の頃重用された原告がその後重用されなくなったため、恨んでいる面があるという被告大川の推論、(B)原告が教団に多額の布施をした信者に御布施を取り返させ、それを資本金にして別派を作ろうとしているらしいという被告大川の意見表明、(C)原告に仕事がなく経済的に苦しい状態にあるという被告大川の意見表明の記述である。

(A)につき、ある組織の中で重用されなかった者がその組織に対して否定的な感情を持つことは社会通念上ごく自然なことであり、当該推測は社会的評価を低下させるものではない。

(B)につき、裁判の提起自体は、法律上認められた権利行使の手段であり、かかる法律上許容された手段を用いて得た金銭を用いて新たな宗派を作ろうとすることが社会的に非難されるべきものとは言えず、社会的に評価を低下させるものではない。

(C)につき、仕事がなく経済的に困窮する理由は様々であり、年収や資産額などの具体的事実の摘示を欠く単に仕事がなく経済的に苦しいとの抽象的な論評にのみにより、原告の社会的評価が低下するものではない

<感想>

以前に私が書いた該当箇所への批判の紹介と、現時点での簡単なコメントを載せます。

長男の子守


(注:大昔に何度か子守したことをネタに生涯年金を主張するというのは、普通では考えられない発想ですが、「被告大川」氏だからそういう発想ができるのだと思います。)


布施返還訴訟と別派


(注:「被告大川」氏の顕著な特徴は、「もらった金はびた一文返さない」という金銭への異常な執着です。被害者に返済させる道を開くことは、多くの人への救済の道を開きます。それだけに布施返還裁判は重要です。私の願いはあくまで個々の信者の救済です。なお「被告らの主張」では、もし裁判で得たお金を使って別の宗教団体を作っても何ら社会的に非難されることではないと言い切っています。これはしっかり記憶しておきましょう。なお、当時私が所属していた「心検」をミニ教団とみなしているようですが、これは「心検」理事長が大川隆法氏と個人的に会った機会に、大川氏に相談して立ち上げたカウンセラー団体です。大川氏はそれを忘れているようです。)

 大川きょう子さんのこと


(注:私はきょう子氏が元気に健やかに幸福感に満ちておられることそれ自体が、大川隆法氏への最大のダメージになると思います。私がきょう子さんと会ったときに、教団内で言われていた悪魔のイメージがかけらもなく、かえって幸せそうで生き生きしておられる姿を見て、『現代の法難』シリーズが描き出したきょう子像が元亭主の妄想に過ぎないことを理解しました。現在きょう子さんは四谷のカソリック教会でキリスト教の布教活動をされていると伺っています。)


重用されなくなって恨んだのか?


(注:重用されなくて恨んでいた人間が、K会の名誉を守るために朝日新聞社に乗り込んで、週刊朝日の記事に対して抗議をしに行ったでしょうか。仏陀と信じていた信仰を大川氏の行動で裏切られ、完全に失望して辞めたのです。会員向けに自己正当化に都合の良いストーリーを描き、それをあたかも真実のように装うために『舎利弗の真実に迫る』は発刊されました。)

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