2013年12月10日火曜日

名誉棄損裁判 判決文⑥



「判決文」(6)

3 争点に対する判断

(2)別表「番号」欄の記載②について

 記載②は、被告大川が本件霊言方式により種村守護霊又は舎利弗となって、幸福の科学の会員と対話した形式で記載されているが、上記のとおり、守護霊の霊言が真実であると一般人に受け入れられているとは認められないことからして、一般の読者は、記載②における種村守護霊及び舎利弗の発言部分は被告大川による記述であると判断するといえる。そうすると、記載②を閲読した一般の読者は、記載②には、被告大川は、原告が訴外きょう子と結託して分派活動をしていると考えており、これについての被告大川の意見・推論が記載されていると判断するといえる。

 原告は、記載②は、原告が訴外きょう子と結託して幸福の科学の乗っ取りを企んでいるとのマイナスイメージを一般の読者に与えると主張する。しかし、「結託」するという表現は評価的かつ抽象的であり、本件書籍において原告と訴外きょう子との間で具体的にどの様な意思疎通がなされたか等の記載はない。加えて、上記(2)の本件書籍の特徴及び本件霊言方式がとられていることからして、一般の読者が、普通の注意と読み方をした場合、被告大川の意見・推論が記載されているとの印象以上に、原告主張の印象を一般の読者が受け取るとは認められず、原告の社会的評価が低下したとは認められない。
 

名誉毀損該当部分②

<記載②>名誉棄損 該当部分

種村守護霊 私はねえ、「幸福の科学の救世主」だったわけでねえ。幸福の科学がほんの数百人か千人か、そのぐらいのときにだね、もう三百三十万人の信者数を誇り、昭和五年から数十年やっているところの、日本を代表する大・大教団のねえ、大・生長の家の編集部から大幹部が「降臨」したんだよ。ほんと、法人格もない貧乏教団の事務局課長に「降臨」してやったんだよ。

だから、それから見たら、まあ当然だろう? そういう二大弟子みたいな格があって当然だよ。(101102頁)

 
種村守護霊 いやいや「俺に対する信仰心」が大事だ。

   里村 ああ、「俺に対する信仰心」ということは、つまり、「教祖になりたい」と
      いう意味ですね。

種村守護霊 うん。だからまあ、俺が事実上の教祖で、大川隆法っちゅうのはねえ、これはまあ、商社マンだ。商売人なんだよ。

      金を儲ける能力は大してないから、それは商売人の商社マンにやらして、実質上の宗教家は俺しかいなかったから、俺が教祖として、教団を・・・。(123124頁)


   斎藤 では、あなたは教祖になりたいのですか。

種村守護霊 教祖ですよ。もちろんです。

種村守護霊 だから、今、ここ(幸福の科学総裁)の嫁さんだか元嫁さんだか知らんけど、あれが教祖になろうとして撃退されとるんだろう?

   里村 そうです。

種村守護霊 だから、俺が力を貸してやって、何とか乗っ取りを成功させてやろうとしてるんじゃないの。

   斎藤 今、その人と結託しているのですか。

種村守護霊 今、つるんでいるよ。当たり前だ。

斎藤 いつからですか。

種村守護霊 いや、最近。(136137頁)


      訴訟の目的は、「第二の幸福の科学」をつくる原資を得ること(144頁)

 
種村守護霊 いや、「真なる幸福の科学こそ、こちらだ」っちゅうことだ。

      実際、きょう子氏が幸福の科学をつくったわけで、教えは私から全部出てるわけだから、第二の「本当の幸福の科学」が、今、できようとしているわけよ。
    里村 ほう、新しく、「第二の幸福の科学」をつくるつもりなんですか。

 種村守護霊 そうそうそう。だから、ここの、「教祖のふりをしている人」は、きっと、これは商人なんだよ、商人。(147~148頁)
 

 里村 要するに、今回、あなたは、「第二の幸福の科学」をつくるために、植福の返還訴訟をして、その原資に当てるつもりなんですか。


種村守護霊 いや、あのねえ、(大川隆法と)年は一緒なんだよ。年は一緒なんだ。年は一緒なんだよ。

種村守護霊 それで、こんなに身分の差が開くって、おかしいじゃないか。ええ?(149頁)
 

種村守護霊 「いつか教祖になりたい」と、ずうっと夢見ていた。

斎藤 教祖になりたいんですねえ。(194頁)

 
<原告の主張>

「一般人の普通の注意と読み方」を基準とした場合、「原告の守護霊が語る内容」こそが、「原告の本心」或いは「原告の潜在意識」と受け取るのが一般というべきである。当該記述は、原告が訴外きょう子と結託して幸福の科学の乗っ取りをたくらんでいるマイナスイメージを与えるものであり、原告の社会的信用評価を低下させる。

<被告らの主張>

 当該記述は、原告の守護霊が語る内容が別人である原告の本心であると受け取られるものではない。仮に原告に関する被告大川の意見表明(論評)とうけとられたとしても、教祖は社会的に非難されるべき仕事ではなく、原告が訴外きょう子氏と協力して新たな宗教団体を立ち上げること自体についても社会的に非難されるべきものではないから、原告の社会的信用を低下させるものではない。

 
<記載②-続>名誉棄損 該当部分
 
舎利弗 しかし、(種村氏らの起こしている植福返還訴訟は)正義を行っているように見せつつも、実際は私欲が絡んでいます。つまり、彼らには、自分たちの私欲が先にあり、それを、ほかのもので覆って、正義に見せているところがあるわけです。ですから、これはありえないことですね。

  もし、仮に、彼らの論理に乗り、「彼が舎利弗で、大川総裁が仏陀である」ということにしても、「舎利弗が仏陀を訴える」ということ自体が成り立ちません。そんなバカバカしい話があろうはずもないのです。これでは、宗教人として破綻します。論理的にはもう完全に破綻してしまうのです。
     
     はっきり言って、彼は宗教人ではありません。ただのアウトローの世界に入っ ていると考えざるを得ないですね。(230頁)
     
     

<原告の主張>

 原告は別件訴訟に関係していない。被告らは、別件訴訟は原告の私欲によってなされた特殊な訴訟であるとしており、原告の社会的信用名誉を毀損する。

 <被告らの主張>

 当該部分は、舎利弗の霊が、別件訴訟には私欲が絡んでおり、舎利弗が仏陀を訴えることがおかしいのではないかという意見を表明する記述である。当該記述の主たる内容は別件訴訟の動機及び原告の別件訴訟への関与に宗教上の正統性があるという宗教論争であるから、法律上の争訟ではない。

 
<私が「真実を語る」で書いた関連個所>
 
「幸福の科学の救世主だった」?


「第二の幸福の科学を創る」?


 (感想)
今改めて該当部分を読むと、バカバカしいとしか言いようのないことを舎利弗の霊言で語らせたり、種村守護霊に扮した大川隆法氏が弟子と問答をしています。きょう子氏はあるキリスト教会で宗教活動をされていますから、私と無関係なのは明らかでしょう。大川氏は自分に敵対するものはきょう子氏にしても私にしても、皆教祖の座を狙っているように妄想されているようです。「第二の幸福の科学」というだけで、私にはおぞましいものに感じられます。幸福の科学がそんなに立派で魅力的に思えると信じていること自体が、私には異常な感覚だと思えてしまいます。
大川氏が種村守護霊を騙って、ご自分のことを「商人」と言っておられるのだけは、私は非常な説得力を感じてしまいました。「ご自分でおっしゃるんだから、やはりそうだったのか」という感覚を持ちました。
なお、これを本気で信じる人も、中には出てくるので、やはり私の名誉は毀損されていると思います。
 

1 件のコメント:

  1. 読者からコメントをいただきましたので、掲載させていただきます。ご支援に感謝します。
    (読者の方からのコメント)
    判決は、あらゆる意味で矛盾だらけだと思います。
    この判決は、教祖の創り話であっても「意見」としていますから理解に苦しみます。
    何故、創り話をわざわざ作成する必要があるのかを全く無視しています。
    この霊言方式の創り話を作成した意図こそが教祖の本心であるはずです。
    そうでなければ、全く意味の無い創作を教祖は行なっている事になります。
    そもそも、「種村守護霊」というように、誰が言ったかの記述をしています。
    教祖はあくまでも、「種村守護霊」が話しているのだということを示しています。
    教祖は、守護霊の想いは本人の潜在意識としています。
    そういう教えです。
    だから、教祖を信じる世界的にみて、大勢の信者は信じるのです。
    本霊言は、「種村守護霊」が話しているのだと断言しているのです。
    つまり、「意見」とするか否かは、教祖の霊言の能力が真実か否かの判定が必要です。
    真実でなければ、明らかに誹謗中傷する為に創作している創り話しなのです。
    これは、教祖の本心なのです。
    これは、裁判官は「意見」としていますが、考えてみれば、「意見」なら余計に教祖の意思でしょう。
    逆に「一般の人」が信じない霊言から「意見」になったからこそ、「霊言」が「一般の人」が理解できる内容になったのですから名誉毀損になると思います。
    裁判官の言い分だと「一般の人」が信じないとしていますが、「意見」になった時点で、霊言を信じる信じないは別問題となります。
    霊言ではなく「意見」だということです。
    「一般の人」でも通じる教祖の本心、考えである「意見」ですから異次元を離れたこの世の通常の会話、執筆と同じになります。
    裁判官は、やはり自己矛盾しています。
    霊言と「意見」が混同されていると思います。
    「意見」なら種村様は私欲で、法に反する行為をする人のように大勢の方に示しています。
    又、K会信者は、日本や世界に拠点を置き、公表1100万人と言われています。
    これだけ大勢の方が信じる信者がいますので、名誉毀損にならないのはおかしいと思います。
    かつて私が入信する前は、「一般の人」であったが、霊言を信じていたように、信じている人もいると思います。
    信じていても入信していなければ、「一般の人」だと思います。
    つまり、「一般の人」で信じる人は、不特定多数なのです。
    それを裁判官が、信じない「一般の人」の人数を証明する数値もないのに勝手に「信じない」と決め付けているのです。
    全く一方向からしか見ていないのです。
    伝道数値や購入数や献本数が上がっているということは、信じない「一般の人」が信じる人になっているということなのです。
    でなければ、信者になったり、本を買ったり、本を頂いたりはしないでしょう。
    つまり、「一般の人」の中にも信じる人が居るという証明なのです。
    「一般の人」や「信じる、信じない」の定義も矛盾しているのです。
    そもそも霊言としている本書籍を、真実の霊言か否かの判定もないままに勝手に定義するからこのように矛盾ができるのです。
    あいまいな定義に矛盾だらけのK会を救済する判決だと思います。

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