2013年9月6日金曜日

依存性人格障害の視点から④・・・決断


人生は他人まかせにできない
 

決断について
 依存性人格障害の人は、「重要な意思決定の場面では決断することができず、他人に頼ろうする」傾向が強いものです
 誰しも重要な意思決定の時には、いろんな人の意見を聞きます。時には占いをすることもあるかもしれません。しかし、最終的には自分自身で決定して、その責任は自分がとるというのが、健全な在り方だと思います。
 ところが宗教への依存が強い場合には、結婚・離婚や学校選び、就職などでも、教団の人や有力な信者のアドバイスには無条件に頼ろうとして、冷静で善意のある家族や第三者の意見は耳に入りにくくなるのではないでしょうか。まして自分自身で冷静に合理的に判断ができないのではないでしょうか。
 
 私は職員時代に、ある信者の方に相談されたとき、教えと経験に照らして若い人へのアドバイスをしたことがあるのですが、その方が素直で信仰深い人だったので、私のアドバイスの通りにされました。その時はそれでよかったと思っていたのですが、あとになって、私のせいで、その方の別の人生の可能性の道をふさいでしまったのではないかと思うようになり、非常に反省しました。性格がよく素質の高い人だっただけに、その方に申し訳なくて、ひそかに長く苦しんできました。
 K会で過去世がどうだとか、役職がどうだとかいっていても、実際にはたいしたことはありません。それを盲信して従うのは、本当に危険です。誰がアドバイスしたにせよ、最後は自分自身が、冷静に判断していこうとしないと、自分の人生に責任が持てなくなると思います。
 
いさぎよさ 
 私は、過去いくつも周囲の反対を押し切って決断をし、成功したこともあれば失敗したこともあります。でも決断の際にこう考えるようにしました。
「この人の言うアドバイスは自分も正しいように思う。それを正しいと判断したのは私自身である。この人がこう言ったからではなく、自分がそれを正しいと認めたから、この選択をする。これは私の選択である。」
こう自分に言い聞かせるようになりました。こうしておくと、誰かの意見に従って失敗しても、人のせいにしないですむからです。愚かなのは私だ、と認めることはつらいのですが、卑怯な人間にだけはならないですみますから。せめて潔くだけは生きたいと思ってきました。
 
自由と依存
 依存は誰かに自分の人生を預けてしまうことを意味します。その方が楽なのです。
 ところが、相手の意志は自分の本心と相反することがあります。多少理不尽な思いをしても自分を抑えて相手に従い続けると、相手はどんどん自分の思い通りに操ろうとしてきます。
 ここで失われるのは自由です。特に良心の自由です。ここが犯された場合には、やはりその依存は続かないと思いました。依存による生活の安定よりも、良心の自由をとるという決意が、依存を断ち切らせます。依存は最終的には、自由、それも良心の自由とぶつかるのではないでしょうか。
 
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