2013年7月4日木曜日

(投稿)スターウォーズからの学び


闇の誘惑



アクション物の映画はあまり好きではありませんが、スターウォーズは私の唯一気に入っているアクション映画です。

その最終章である「スターウォーズⅥ」の中にあるシーンです。
ジェダイの騎士は、目に見えないエネルギーである「フォース」を制御することができますが、その「フォース」には光明面と暗黒面があり、アナキンは自らの傲慢さが災いし、暗黒面に支配され、ダースベーターとなってしまいました。
アナキンの息子のルークは、「フォース」を操れるジェダイとして成長し、デススターに乗り込んで、父ダースベーダ-と戦いますが、悪の皇帝シスに、怒りの心を持つように誘導されます。
「フォース」を光明面で支配するには、正義や平常心が必要とされますが、慢心や憎しみ、怒りをもつと、たちまち「暗黒面」に支配されてしまいます。
シスは、敵の憎しみや怒りを持つ方向にルークを誘導し、父との戦いの中でその怒りを爆発させようとしました。そうすれば、ルークはたちまち「暗黒面」に支配され、闇の帝王の手の中に容易に落ちることになってしまうからです。
結局ルークは「暗黒面」に支配されることはなく、父をも最終的には「暗黒面」から救い出すことができたのでした。

この映画から、「悪魔の誘惑のワナ」を見ることができます。
怒り、憎しみ、嫌悪は「悪魔の軍隊」と呼ばれています。
理由はどうあれ、互いに怒り、憎しみ合うことによって、双方とも悪魔の術中にはまってしまうパターンです。悪魔は巧みに互いが反発しあうように誘導しようとします。

そういうことを考えると、果たしてK会が行ってきた抗議活動というものは果たして正しかったのであろうかという疑問を持ちます。
F社に関する抗議活動なども、「悪に対する折伏」という名目で行われましたが、信者の心の中には、彼らに対する怒りや憎しみを持つよう相当煽られたのではないでしょうか。
理由はどうあれ、怒りや憎しみを持つことは、「暗黒面」に誘導されたルークのごとく、「悪の支配」への誘惑であったという面もあるのではないでしょうか。

心の修行の1つに「平常心」というものがあります。その「平常心」を否定するような活動の中に、はたして真理はあったのかという疑問さえ生じます。

そして、現在は「恐怖」によって信者を縛っているのが現状です。
一度たりとも「怒り」による「暗黒面」への誘導をされた信者ですから、「恐怖」への誘導も容易であったのでしょう。「怒り」も「恐怖」同じベクトル上のものですから。

また、K会を去った信者の方々にも、同じように注意すべきことがあると感じます。

K会から受けた被害が大きいほど、彼らへの怒りや憎しみは大きいでしょう。
そして、一部の方はアンチとなって、K会への批判、K会撲滅のために活躍されているようです。
私も同じ仲間なので、気持ちは痛いほどよくわかります。
しかし、この「スターウォーズ」にもあったように、「怒り」や「憎しみ」を持つことは、彼らと意識がつながってしまうことになります。
K会は、すでに悪魔の支配下にありますが、このような感情を持つと言うことは、自分も「悪の支配下」に陥ってしまう危険性を大いにはらんでいるということです。
それが、正義のためや、同じ仲間を救いたいという「名目上の」思いであったとしてもです。
怒りや恨みを正当化すべきではありません。

この「フォース」の光明面を制御するためには、「平常心」と「愛の心」を持たねばなりませんが、これと同じように、K会に相対するときは、同様な心を維持しないと、たちまち自分の心が「悪の支配下」になってしまうことになりかねません。

せっかく運良くK会をやめることができたのですから、再び「悪」に心を染めることをすることはないでしょう。未だ退会できない信者の方々を想う気持ちは私も同じですが、心の法則をしっかりと認識し、自らの心を制御しながら相対せねばならないと感じます。

この世に生きている限り、修行は続いています。
出来る限り、お互いに、この世での修行を実り多いものにしていきたいものです。

(コメント)

アンチ活動には固有の難しい問題があります。
自分の心を振り返ることなく相手を責め続けると、相手の毒が自分にも回ってくるのです。
その結果、批判者が相手の闇に飲み込まれてしまうという現象が起きることがあります。

この投稿者に言われるように、フォースの暗黒面に飲み込まれた相手を批判するとき、
自分にもフォースの暗黒面が忍び寄ってくることを自覚して
常に謙虚にそして正直に自分の心を見つめ、反省する作業が必要です。

自分はそれによって成長しているのだろうか、愛の気持ちは純粋なのだろうか、
相手の闇と波長同通して影響を受けていないだろうか。
客観的に自分を見つめてみる作業が必要だと思います。

これは私自身の自戒の言葉でもあります。

 

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