2013年7月1日月曜日

(投稿)欲と修行について  



 欲望のコントロール

(紹介)
深い内容の文章を投稿していただきました。投稿者によれば、
「欲望の問題で悩んでいた時、心の奥から湧き上がってきた言葉を綴りました。」
とのことです。
じっくりと熟読したくなる文章です。
 
(投稿)
 
欲とは波のようなものである。

押し寄せては引いていき、また引いては押し寄せる。繰り返し、陸に向かってくる。

 
修行とは陸から離れ、大海原に進んでいくものである。

大海原へ進むには、波に逆らい、その流れに乗らねばならない。

では、波に乗るためにはどうするか。

まず、波がどのようなものかを知らねば、どの方向に進むべきか定まらない。どちらから、どちらへ向かっているものなのか。高さはいかほどか、周期はどれほどか。

(注:自分の執着を知る)

そして、不測の事態に備えることだ。一度、波に乗って進めば、様々な現象が起きよう。天候の変化や、故障が出るかもしれない。考えつく限りのことを想定せよ。

どんな状況にも対処できれば、船が沈むことはない。

(注:欲が出てくる状況・状態を把握しておく)

 
危険を冒さずとも、陸にいれば安心であると思うかもしれない。もっともである。

だが、それは成長のない仮初(かりそめ)の世界に過ぎないことをあなた方は知るであろう。

大きな震動が加わったならば、波はたちまち、海岸の防波堤を越え、その禍々しい姿をさらけ出し、今まで培った建物も家庭も生活も、己自身も全てを呑み込んでしまう。

 
前に進むには、波と如何にバランスよく付き合うか。浅瀬では浮き輪一つで身体を安定させることができる。だが、そのまま漕ぎ続けていけば、体力はすぐに尽き、陸に戻されてしまう。波と戯れるのも一興であるし、再度、沖を目指すこともできよう。

だが、深い海ではそうはいかない。浅瀬に比べ、波は荒い。一たび、泳いで進もうとするものならば、波に呑まれてしまう。波と付き合いが長い者ほど、一瞬の油断が命取りになることを知っている。波の力を、流される怖さを知っている。

 
修行した者ほど、大海原に近づく。欲のコントロールに慣れているほど、流されたときの危険も大きい。海の真ん中で転覆をしても、助けはすぐにたどり着かない。
 

辺り一面、海の上で、たった一隻。どのような事態が起きようとも乗り切る心であり続けなさい。

心の修行とはそのようなものである。それを忘れずに励みなさい。

 
(注:波は欲。陸は現実世界。大海原は霊エネルギー世界。船は肉体。身体は魂。)
 

(コメント)
 
心理学では自分の悩みに答えてくれたり指導してくれる心の奥の存在を「老賢人」というイメージでとらえることがあります。
これは「元型」と言われるものの一つで、深いところの潜在意識の作用です。
私は、投稿者が「老賢人」からの言葉を受け止めて書かれた内容だなと感じました。
私も大変勉強になりました。
深い響きが心を浄化してくれる。そんな気持ちを味わいました。
ありがとうございました。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿