2013年7月28日日曜日

(投稿)帰路にて・・・


子供との対話、木々との対話

 


今日の朝、子供を部活に送りに行ったときのこ
 
とでした。
9時に集合し、用具を運搬車に乗せてから試合場に行くという通知をもらっていました。

9時の数分前に到着したのですが、子供はブツブツと文句を言っている模様。
理由を聞くと、9時というのは「9時に荷物を乗せ終えて出発できるようにする」とのことでした。
子供は、部活仲間に「おまえだけ遅いぞ。」と文句を言われ、不満げに車に戻ってきました。
通知通り間に合ったのに、おかしい。という子供に対して、私は一喝しました。

だいたい、集合時間というものは、予定時間より早めに行って準備しておくものだ。
悪いのはおまえだろう。

そして、試合場までの間、議論は続きました。結局、折り合いの付かないまま、子供を送り届けました。
非常に後味が悪く、子供の時間のルーズさにとてもイライラしていました。
反省もなく、相手を非難するだけの子供に、とても腹立たしさを感じました。

帰路の途中、森林の中を突っ切る道路を通っていました。




 
木々に、問いかけました。
「だっておかしいだろう。自分の言い分は間違っていないだろう。」

木々は答えました。
「そういうけど、おまえさんの考えが正しいという保障はどこにあるの。」

「時間を守らないというのは、人間的に失格だ。親が子供を教育するのは大切な義務なんだ。」

「もっと、落ち着いて考えてみたら? 子供を教育すると言っているけど、相手の言い分を聞かずに、自分の価値観を子供に押しつけているだけなんじゃないのかい? あなたの持っている価値観って、本当に正しいの? 」

「でも、このままじゃ、とても心配なんだ。何とかしたいんだ。あのルーズさを。」

「セカセカするだけが人生じゃないよ。相手の価値観を、自分の価値観で縛りたいだけだろ。人間には、百人百様の価値観があるんじゃないのかい。」

「そうかもしれないけど・・・。」

「自分の価値観を相手に押しつけることは、自分で自分を縛っているのと同じなんだよ。自分自身を、自分の型に合った小さな枠に押し込めているのさ。そんなの君の望んでいることじゃないだろう。相手の価値観を認めてあげることで、自分の枠が広がるんじゃないの。」

森林を抜けて帰路に向かいました。少し心が軽くなっていることに気付きました。
言われてみればそうかもしれません。
ただ、自分の言い分にも、正当性はあると感じました。

自分の価値観を追求し、それを他人に広める(押しつける)。
他人の価値観を尊重し、認めてあげる。

両者とも正しいようで、全く逆のベクトルです。
どちらかが間違っているとは言えません。
どちらにも良い点はあるし、悪い点はあります。
片方は進歩の追求で、もう片方は調和の追求といったようにも見えます。
しかしながら、私たちは、調和と進歩を融合していかねばなりません。
進歩と調和を併せ持ってはじめて進化というものが実現できるのではないかと思います。

この2点を融合させていくこと。
これが自分に課された修行課題であると感じました。


 

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