2013年7月22日月曜日

依存心と向き合う⑬・・・信仰への依存


 生長の家時代の依存心


 生長の家との出会い

 私は高校3年生の夏に、新聞広告で『心と体と運命』という医学博士が書いた本があることを知り、書店で購入しました。その本は生長の家の講師の方が書いた本で、『生命の実相』というすごい本があることを知りました。中学時代の同級生が生長の家の信仰を持っていたので、その家からお借りして、4か月ほどで谷口雅春著『生命の実相』全40巻を読破しました。

 谷口雅春先生の書籍には、大学受験の時期の精神的な苦悩を癒され、また健康回復にも大変効果があり、数々の奇跡を経験しました。やがて生長の家のお経「甘露の法雨」を毎日仏壇で読むようになり、さらに確信が深まりました。当時父親が胃がんの宣告を受けていたのですが、私は全く心が動揺しませんでした。光明思想で「必ずよくなる」と確信していたのです。それでも私が「甘露の法雨」を仏壇で読み始めて1か月で、現実に父の胃癌が消えたのには驚きました。他にも奇跡は数多く体験しました。

 隣のおじいさんが死にかけていたので枕元に行ってお経を読み、その後も自宅でお祈りしていたら息を吹き返されて、その後数年間生きながらえました。高校の同級生が風邪をひいたというので『生命の実相』を貸すと、読んですぐに風邪が治ったといってお礼を言われたりしました。私自身、毎月のようにひいていた風邪をひかなくなりました。さらに言葉の力と希望を描く力を駆使することで、京都大学農学部に現役合格しました。これには私も驚きました。

 もともと勉強には熱心でしたが、体力がなく虚弱だったので、勉強時間が不足していました。それが健康になることで頑張りが効いたのと、やはり合格を確信して前向きに努力したのが効いたと思います。これらの体験によって、私は谷口雅春先生が説かれる信仰と光明思想に確信を持ちました。

 
学生運動の中で

 大学に入るとすぐに、生長の家の京都の教化部(支部)へお礼参りに行き、そこで京大の先輩を紹介されました。そこから大学では生長の家の文化サークルに入り民族主義的な政治思想と日本文化を学びました。谷口雅春先生の政治思想は戦後の日教組教育とは正反対だったので、非常に困惑しました。それでも自分で確かめてみようと勉強するうちに、天皇制については肯定的な思想に変わり、左翼革命思想の過ちを確信するようになりました。京大は左翼運動の非常に強い大学で、左翼過激派学生による暴力も横行していました。特に私が生長の家の教えを啓蒙したり、天皇制擁護の主張をするたびに暴力的に排除されることが続きたために、私は京大が嫌いになっていきました。

 こうした中で、左翼との論争が私の学生時代の中心になり、農学部の勉強には力が入らなくなりました。また学内で高校時代の友人と話しているだけで、左翼に暴力的に排除されたりして、学部に通うことすら危険を覚え、大学に行けなくなる時期がありました。当然授業に出ることができません。

 私は針路の問題で非常に悩みましたが、左翼思想に染められた大学に疑問を感じ、左翼思想から国を守りたい、日本の本来の国の姿を取り戻したいと強く願うようになり、1年間の休学の後、変革への志をもって生長の家の政治部門に職を求めました。

 その後は、生長の家に勤務し、政治に関わる部署で編集の仕事を約4年、教団本体の編集部等で約4年間の仕事をしました。政治部門では学生時代からの志を遂げるべく努力しましたが、初代から2代目への移行期に教団が政治部門から撤退したために、その部署はつぶされました。私は中途挫折の心境で、一気に気持ちがくじかれました。教団の新聞の編集部に配属されてからは、宗教性を深めました。特に仕事で熱心な信者の人の話を聴けたことは、私の宗教心を触発してくださいました。

 しかし代替わりに伴う教団の路線転換と変質には不満が強くあり、悶々としていたのが生長の家の後半でした。その後、教団が3代目になって谷口雅春先生の教えからは逸脱し、結果的には教団が分裂したことを知り、私の危惧は杞憂ではなかったことを確認しました。

 
生長の家時代の依存心

 生長の家時代の依存心を振り返ると、いくつかの私の問題が浮かび上がってきます。

1)信仰の力に依存して、合理的な努力を怠る傾向が出た。これさえ信じていれば、うまくいくはずだという気持ちは、自分に甘い神様への依存、信仰への依存になりやすかった。

2)教祖の教えに依存して、自分自身が「実相」に参入する努力に欠けた。教団に所属し、活動や仕事をすることで偉くなったと錯覚し、教えの実践体得ができていなかった。だから自分の言葉と人格で人を導けなかった。

3)左翼との対決の中で戦うためのよりどころとなる思想に依存し、それをドグマ、イデオロギーとして信奉したので、それ以外の思への知的探求の姿勢が欠けた。それが上から目線や包容力の狭さになり、正しさの押しつけと裁き心を生んだ。上から目線、裁き、非寛容、押しつけはそこから生まれた。

4)評価を組織に依存しているときは、組織の方針や指示に盲従するようになり、自分自身の判断力が弱くなった。逆に、組織に評価を依存することをやめると、自分の方向性やアイデンティティを見失ったり、組織内で孤立するようになった。

 これらは生長の家の教えに特徴から生じている部分もありますので、次回に教えの概要を説明し、さらに深く見つめていきたいと思います。


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