2013年7月20日土曜日

依存心に向き合う⑫・・・分裂する心


依存欲求と自立欲求


母の心配
 

 母親との関係はもう少し深く見つめるべきかもしれません。自分がK会になぜこれほど依存しなければならなかったのかという問題の根を見出したいからです。

 母は私にとっては申し分のない優しい、そして賢くて愛深い母でした。夫を愛しており、いつも父親をほめる賢い母でした。そして、母は私が死んでしまわないように、いつも体のことを心配していました。ちょっとした病気でも、すぐに医者に連れていき薬を飲ませようとしました。そのために私には薬やサプリメント等への依存傾向があり、なにがしか飲んでいないと不安なのです。

 母がなぜ私の死を恐れたかというと、明治になってから種村家では誰一人男の子が育たなかったからです。江戸時代から明治時代への変わり目の頃、家の跡継ぎ息子が、結婚して自分の子孫ができると自殺してしまい、それからというもの男の子は育たず女系で続いて来ました。私の弟も満1歳にならないうちに死んでしまったから、母は「種村家の呪い」を恐れていました。ですから、長男の私だけは守らなければならないという母性本能が、非常に強かったと思います。

 私は母親の、息子の命を守ろうとする強い意志のようなものを、濃厚に感じて生きてきました。ところが私は無鉄砲な性格で、幼稚園のころ交通事故にあったり、危うくトラックにひかれかけたりしました。病弱でもあり、思春期に入るとネフローゼという重い腎臓病になり入院もしました。母は薬の副作用で、私が子供ができない体になることを恐れていました。そのために大好きだった茶断ちをして、子供ができるように願掛けしていました。

 種村家に男の子を生み、育て、家を継がせることは、母親のミッション(使命)だったと思います。それは先祖代々の願いでもありました。母は、小学校の先生だった父親に子供のころに死に別れ、姉も早世したので母一人娘一人の農家の貧しい暮らしに耐えてきました。だから、私が生まれたときは本当に幸福だったと思います。それだけに、私が大学を辞めて生長の家に入り、家のことは考えないと言った時のショックは大きかったのでしょう。
 

救世主と親孝行

 私は15歳のころ、雑誌である記事を見ました。イスラエルに大救世主が生まれるという記事です。私はすぐにそれを見て「すぐに救世主のもとへ駆けつけなくてはいけない」と思いました。次の瞬間、「でも遠すぎる。親を置いてはいけないから無理だ」と思い、悲しくなりました。

 たったそれだけの一瞬の間、心によぎった思いです。が、それは今なお鮮明に覚えています。きっと心の深いところから湧き上がる思いなのだと思います。私は救世主が出られたと聞けば、すぐに駆けつけなければならないと思う人間なのです。でも、親孝行との間で葛藤する人間なのです。

 大学時代には類似の問題での葛藤が続きました。谷口雅春先生の説かれる真理国家を創るために身をささげるべきだという思いと、親孝行しなければならないという思いに挟まれて、苦しみました。この世的に安定した生活を求めることが罪悪のように感じて、国のために生きるべきだという思いに突き動かされていました。明治維新の志士たちは、おそらくそうした葛藤に身を置いて、国のために命を投げ出していったと思います。

 結局、私は家を捨て、両親の願いを無視して、生長の家の政治部門に勤務する道を選びました。しかし、母親の嘆きには抗しがたく、中年期になれば家の戻ると約束しました。中途半端な選択でした。これは後々心理的に尾を引きました。

 
子供を飲み込む母親像

 ユングによれば、人間には普遍的無意識の中に母親の原型があるのですが、それは生み育て育む母親のイメージと、子供を飲み込んでしまう恐ろしい母親像の二つがあるのです。飲み込まれてしまうと、自立できなくなり、母親に依存しながら母親を憎むようになります。

 私には、これは大変納得のいく話でした。私の心の中の母親像には、優しく守ってくれる母親と、飲み込んで成長できなくさせる母親の二つの像があったのです。私は生長の家に勤務することで、一応追いすがる母親を断ち切ったのですが、母親の悲しみと涙をみて、半分のみ込まれてしまったのです。生長の家は親孝行の教えでしたので、私は親孝行できないことに罪悪感を感じながら、それでも志に生きるべきだという思いをひとまずは選びました。

 つまり私の心には、自立しようとする青年の心とは別に、自立できない子供の心が残ってしまい、それを引きずることになったと思います。それが私の依存の原点としてあったと思います。

 子供の心は、保護者を求める気持ちです。誰かに守られて、世話されないと生きていけないと感じて、自立を恐れる心です。でもそれは自分が成長できないことを意味しています。自由に自分の足で歩いていけません。だから、依存しながら、依存させている親を憎むのです。それは潜在意識に深く抑圧された憎しみです。そういう状態が、私の心の状態だったと思います。そしてここに依存心の根っこがあると思います。

 私が東京に出発する前の晩でした。私は一人で東京に出ることが、無性に怖くなったのです。ものすごい恐怖心と孤独で、心が締め付けられるのを感じました。深い闇が迫ってきて、私の周りを取り囲み、恐怖心で一杯になったのです。私は自分の選択が間違いだったのではないか、家を出ることがあまりにも怖いという気持ちに襲われて、親戚のおじさんの家に電話しました。「今から相談しに行ってもいいですか」と、夜中に電話したのです。おじさんは「もう寝る時間だから駄目だ。明日なら来てもよい。」と言いました。

 私は突き放されたおかげで、恐怖心を振り切ることができました。「自分の人生は自分で決めよう。人に頼るのはやめよう」と思い、予定通り、次の日に東京に向かいました。

 私には二つの心があったのです。一つは、大切なことは自分の責任で決断して、自立した人生を歩もうとする青年の心、自立する心です。もう一つは、自分一人で生きていくのは怖いから、親や家から離れられないという子供の心、依存する心、自立を恐れる心です。
 
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