2013年7月17日水曜日

依存心に向き合う⑩・・・その克服のために


批判と依存心

 
筏のたとえ

 OR氏の教えも、もともとは川を渡るための筏であったと思います。この筏は水漏れがして、彼岸にまで到達できない欠陥品でしたが、途中の中州に漂流して、そこからもう一度自分が川を漕ぎ渡るための船を作っていきたいと思います。その時は自分にあった船であり、できればほかの人も運べるような船を作りたいと思います。

 
拠りどころ

 その際に、心理学の先人たちや哲学者、宗教家の諸先輩の思想には学び続けたいと思いますが、それに依存するのはやめておきたいと思います。どれほどの権威であっても、私はその弟子として外の権威を後ろ盾にして何かをするのはやめておこうと思います。

 私も超越潜在意識が世界を創造するための一つの個性として世に送りだされた存在ですので、私の個性でなければできないことをなしていきたいと思います。私の人生は人さまに誇れるようなものではありませんが、それでも独自の経験です。大いなる存在がこのような人生を送る個性を許してくださったのであるならば、そこからよき実を実らせてみたいと思います。
 
 私の人生の経験からどのような教訓、気づき、智慧を得るかは、私自身にゆだねられています。この人生を通してしか採れない実もあると思うのです。それはある種の心の病を治す薬になるかもしれません。

 
解毒成分を創り出す

 邪教は毒性の強い土壌のようなものだと思います。その毒を吸い込んだ野菜は、一般に危険だと思われます。しかし、そこで取れる作物は毒性を持つとは限りません。体内に取り込んだ毒を、無害化する物質を分泌したり、毒を排出する機能を発達させたりすることも可能です。こういう野菜は、他にはない薬になる成分を体内に作り出します。それがほかの人を病から救えるかもしれません。

 私は、自分が毒性の強い土壌にわざわざ入って、そこで大きくなった期間があることを、あまり嘆かないようにしたいと思っています。毒を体内に取り込んだのであるならば、その毒を無毒化し排出する方法を編み出すことで、他では手に入らない有益な野菜へと変わっていきたいと思います。
 

批判について

 OR氏を批判するにしても、OR氏に依存しない批判が必要だと思います。相手の言動を取り上げて相手を批判しているだけでは、その相手に依存した状態から完全には脱却できない気がします。

 人の悪は自分の悪よりも、はるかによく見えるものです。しかもしばしば人は、自分の持っている悪と同じ種類の悪を他に見出すと、激しく攻撃したくなるものです。心理学ではこれを投影のメカニズム(機制)と呼んでいます。

 OR氏やK会に見出す悪は、実はもともと私の中にもあったものかもしれません。この場合は、OR氏やK会を批判しても、自分にそれがないことの証明にはなりません。ひょっとしたら厳しく批判したくなるのは、同じものが自分の中にあるからかもしれません。ですから、OR氏を批判する刃を自分自身に向けてみて、自分の病巣に気づき、これをまず無毒化し除去なければなりません。

 それは必然的に自己反省のプロセスをたどることになります。自分の心を裸にして、自分自身を点検し、問題点を見つけ出し、対策を考え出す作業になります。その作業が正しいかどうかは、自分の心が軽くなり、自分自身が変化することで検証できます。

 

 さて、依存心についての自己分析をここまでしてきましたが、依存心そのものはK会に入ってから生まれたものではありませんし、K会を脱会したからといって無くなるものでもありません。依存心は依存する対象を変えるだけにすぎないかもしれないからです。

 そこで、まず次回はK会に入る前の自分の依存心について分析し、なぜK会に惹かれ依存するようになったのか。その原因を検討して、依存がどこから生じたのかを検証してみたいと思います。

 

<希望のブログ>

種村トランスパーソナル研究所「希望のブログ」を始めました。
 
「真実を語る」とは別の心理学の専用のブログです。

 関心のある方は、下記をクリックください。
 
<ご連絡ご相談はこちらまで>

 種村トランスパーソナル研究所
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com
電話:09080518198
 


 

0 件のコメント:

コメントを投稿