2013年7月11日木曜日

依存心に向き合う④・・・最悪の状態からの脱却と後遺症


最悪の状態から脱する



自己信頼と他者からの承認

 私が極度の依存状態、そしてうつ状態からなんとか這い上がってこられたのは、仕事での成功により、自分への自己信頼の回復と他者からの承認が得られtことが決定的でした。

 倒産のうわさがある企業の財務担当になり、銀行交渉をして散々な目にあい大変な思いをしながらも、専門家や銀行の担当役員や大阪府の役人の信用を獲得して、3年がかりで企業再生を果たせました。その過程で、たとえその仕事が素人であっても、誠実で正直な努力に対しては世間様が認めて応援してくださるということを、肌で感じとることができました。また、随所随所に神の導きを感じました。こうして人を信じ、世を信じ、神を信じるということが、ようやく実感としてわからせていただきました。

 また自分自身が信じられ、愛せるようになりました。私はどんな苦しい時でも責任を逃げなかった自分を受け入れることができるようになりました。また仕事を通して得られて他者からの信頼は、自己信頼にもつながりました。

 しかし私が得た自己信頼は、実は仕事を通してだけ得られたのではありませんでした。信仰生活の再確立と地域への奉仕に努力する過程で、自分が絶対者(太陽のイメージ)の一部であり神の子(光線のイメージ)であるという確信を得る「元型体験」(至高体験)をしたことが大きかったと思います。
 私は当時これはK会の信仰によるものだと思っていました。でも、その後も宗教的な生活と実践はしましたが、同様の体験はできませんでした。やはり謙虚さと奉仕ということを強く心に刻んでいた時期だったので、その精神状態に応じての「元型体験」だったように思います。

 他者による承認と自己信頼、この二つが極度の依存性パーソナリティー障害の最悪の状態から脱出させてくれたと思います。

 
信仰の問題

 しかしその一方で、K会への信仰、そしてK会への依存はさらに強くなりました。信仰という精神基盤があって、倒産の危機も自分の精神的危機も乗り越えることができたと、そう信じたからです。

 企業再生で最大の危機は、銀行から役員が送り込まれて企業内容の審査が行われた時でした。ちょうど私が財務担当になって1年たったころでした。この査定の結果いかんにより、会社がつぶれるか生き延びるかが実質的に決まります。

 その時に私は、社長に進言をしました。「全部の情報開示をしませんか。嘘の上に繁栄は築けないと思います。私の性格からも、二つの帳簿をつけながら、嘘を通すことができません。もし情報開示して、会社がつぶれるのなら、それは神が見捨てたと思い受け容れるしかないと思います。神が見放したものは、どうしても救うことはできません。もし神が見捨てないなら、必ず生き残れるはずです。わが社が倒産すれば、この地域での伝道は不可能になります。だから神は決して見捨てないと思います。神を信じて、正直に真実を伝え、運命を神にゆだねませんか。」

 それまで顧問税理士のアドバイスに従い、在庫の数字操作をして利益が出ているようにみせかけることで、何とか銀行の融資をつなぎとめ、倒産を免れてきていました。しかし、もう限界でした。私の性格的にも、二重帳簿を作って嘘を貫くには無理があると思いました。なにより銀行側は以前から会社の数字操作を感じていて、正確な情報の開示を求めていました。

 社長が決断してくれたので、過去の数字操作の実態を全部開示するとともに、社長の家族の資産も全部公開しました。その結果、銀行が会社再建に協力するとの決断をしてくれて、そこから企業再生への道が開けました。「真実に生き、自分を偽らない」という決意が道を開いたのですが、当時の私にとっては、それは信仰があったればこそ可能なことだと思えました。そのために、還俗によりいったん揺らぎ傷ついた信仰が、会社再建を通して、在家信者の信仰として再度確立したのです。

 このことが次の問題を生みました。K会の教祖、教義、教団組織への信頼と依存という問題が、継続することになったからです。その信仰自体に疑問を持ち、それが決定的になって信仰を捨てるまでには、それから6~7年の歳月が必要でした。その間にいくつかの深刻な経験と教祖の秘められた事実を知り、更に真実から目をそらさない勇気を奮い起こすことで、初めてK会と決別できたのでした。
 
 
 後遺症と教訓

 依存性パーソナリティー障害の診断基準となるほどの症状は、うつ状態の克服と相まって、大半は消えて行ったと思います。それでもいくつかは後遺症として残りました。

 その第一は「支持または是認を失うことを恐れるために、他人の意見に反対を表明することが困難である。」という症状です。私は自分が内心反対であったり、危惧を感じていても、それが明確になるまでは判断を保留にして、口にしない傾向があります。その奥にあるのはこの恐怖心です。自分の存立の基盤が損なわれることへの不安、依存対象を失うことへの恐怖が、反対意見を口にすることをためらわせます。
 このとき現実に問題があっても、光明面を見て相手の非を小さく認識し、さらに状況を自分に都合よく解釈しようとします。光明思想の逃避的な活用なのかもしれません。この対決の先送りは、あとでやはり対決が避けられないものとなり、結局は別の選択を歩むことがしばしばあります。もっと早い時点で言ってあげることができなかったのかという後悔が残ります。

 真実と向き合って依存対象を失う恐れがあるなら、それを見なかったことにしよう、なんとか言い訳を考えて真実に向き合うのを避けようとするのは、「防衛」という心理的なメカニズム(機制)です。この防衛のメカニズムから、教団の問題点をあえて見ないことにして、それを指摘する人を否定しようとする信者は少なくありません。私もそういう時期が長くありました。

 後遺症の第二は、一つの依存対象がなくなれば次の依存対象を必死で求めるという傾向です。これは自分が安心できる基盤(安全基地)を求めて、それに依存しているのです。仕事の協力者への依存、あるいは顧客への依存ということも経験しました。自分への自信のなさが、そうした依存を生みがちです。

 自分が自分のしていることに正当な自信を持てば、こうした依存は本来消えていくと思います。明らかに使命を感じとって生きているならば、やはり未来の運命は神の手にゆだねて、自分は自分にできる努力を誠実に積み重ねるべきなのでしょう。自分の志が真なるか否か、自分の仕事が世のため人のために真に役立つものであるか否か、それを運命をつかさどる大いなる存在にゆだねて、精いっぱいの努力を重ねる。これが企業再建の過程で学び取れたことでもあったと思います。

 そして企業再生の過程で学んだもう一つのことは、「真実」に生きるときにこそ道は開けるということです。しかし、実際には、それは大変な道のりでした。


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