2013年6月9日日曜日

(投稿)脱会者からのメッセージ・・・転落の1994―1996②


悪を支えるから不幸になる


(前回から続く)
  悟りと救済のすり替え


 しかし、何故ここまでしてきたのかと思われる方もいるでしょう。れは、こういう理由からでした。

当時、世間では唯物論が蔓延していました。神、魂や霊界を否定し物質至上主義の風潮、誤った新興宗教の問題もありました。K会(幸福の科学)は霊性の復活、偉大なる常識人を高らかにうたい魂の救済を主として、救世運動を宣言していました。集まった信者は、世の中を唯物至上主義から霊性、愛中心へと変えたかったのです。
又、K会は悟りの向上に力を入れていて、求道心のある方々は悟りを目指しました。教祖(大川隆法)を信じてついて行ったのです。

初期の頃はK会も輝いていたのですが、大伝道の宣言から数年で数値目標の実績が全てになり、悟りは遠ざかり、救世運動が目標達成に摩り替っていったのです。つまり、菩薩への道、与える愛の精神が実績数値に変化したのです。これ以降、活動信者は、仏の名の下に数値に追われるようになっていったのです。

この後、教祖一家は贅沢三昧をしていったようです(アンチ情報より)。今考えれば、大切な信者の布施の精神も考えずに、紀尾井町ビルにはいっていること自体がおかしかったのです。そのお布施は信者が血の滲む想いでつくったお金です。生血なのです。人の心があるのなら、どれ程の努力をすれば、あれほど酷い目標が達せられるか、お金を工面できるか、体や精神を酷使して時間をつくれるか、その労苦が如何程のものかを考えれば無駄にはできないはずです。でもそういう思いは教祖夫妻には無かったようです。

K会はこれ以降、お金によって信者の評価をしていきました。1000万円以上のお布施で「植福菩薩」の称号が与えられます。K会の悟り認定は、多額のお金をお布施した人が菩薩の悟りを得ているということになるのです。未だK会の職員や信者は、この異常性に気がつかずに信仰しているのです。これは、洗脳されているとしか言いようが無いのです。愚かにも未だに植福菩薩の為に退職金を布施した人がいるのです。本人が気づかないからどうしようもないのです。

④悪を支える者によって悪は続く

教祖(大川隆法)は1995年以降、転落の道しかなかったように思います。大勢の信者を犠牲にし、私腹を肥やし足ることを知らず贅沢の限りを尽したのでしょう。最近では、講演でも高価な衣装、時計を見につけて、平気で信者の前に出てきていました。

これでも尚、信者は宇宙の根本仏だと信じているのです。ここまでくれば、愚かとしかいいようがありません。早く目を覚まして欲しいです。

悪なる者を支えるということは、支えている者にも罪があるということなのです。悪が栄えるのは、悪を支えて繁栄させている人々がいるから、悪が栄えるのです。だから支えた人は不幸になっていくのです。

不幸は神の警告なのです。この警告は、不幸になることで間違いに気づかせて、幸福へと導く為のものなのです。これが、本家本元、真実の仏陀、釈尊の説かれた縁起の理法です。

⑤命尽きるとも

 しかし、天上界は何をなされているのだろうか。正直、私はたまにそう思うときがあります。

今や活動信者や脱会した者が貧困の中で暮らし精神も毒され苦悩の中にいるというのに、未だ教祖は若い娘と結婚をして贅沢をしています。元奥様も億というお金を手にして悠々と暮らしていると思います。教祖に騙されて悪を支えているとはいえ、当然、信者にも自己責任はあります。

しかし、初期の頃は天上より光が降りてきていたことは事実です。天上界の指導はありました。ですが教祖は大悟せず、今や転落しています。一度、信じて熱心に活動をしてきた者は、悟り(正しき心の探究)と救世活動(数字目標)のすり替えと共に徐々に洗脳されていて、もはや人生の軌道を変えていくのは難しいのです。特に地方は情報が遮断されていますので、余計に会員は気づきにくいのです。

 世の中には、様々な悪意が満ちています。見渡せば、社会、職場や置かれている環境で悪しき者の繁栄が見え、それがいつまでも変わらない状態が続いていきます。種村ブログの投稿にも、神への信仰で救いを求めても救われなかったことへの恨み心を持った人の話が載っていました。神の子であるイエス様が処刑されても神は救わなかったということの苦しみも記載されていました。一般的には神はイエス様をお見捨てになられたと解釈されていたかと思います(間違っていたらすみません)。

神の正義は、最後に引っかかるところでもあるのです。これはかなり根深いものなのです。これが神への信仰を妨げていくものだと思います。

 しかし、私は信じます。神は必ず救いを用意して下さっています。神の愛を何処までも信じます。そして、K会で不幸になった方々が、「内なる神」の愛に目覚め幸福になる日が来ることを願っています。

(次回へ続く)

 

 

 

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