2013年6月17日月曜日

幸福の科学の植福を考える①・・・植福依存症


布施の喜び再考①


                     

 
幸福の科学では一人の主婦が、気がつくと累計で数千万円の布施をしていたということが少なくありません。その為に、老後の蓄えまで危うくなる人も出てきます。また家庭の中に深刻な争いや不信感が生まれたりもします。貯蓄が無くなって結婚ができない男性も数多くいるようです。

私は幸福の科学の布施についての検証をしたいと思います。この布施を集めることのどこに問題があり、また布施にどのような価値があったのか、あるいはなかったのか。それを検証してみたいのです。それは私が、職員時代に布施の推進、いわゆる勧進を行ってきたことへの検証を兼ねて、冷静に振り返ってみたいと思います。論点としては、次のようになると思います。書いている途中で変更もあると思いますが、布施の論点としては参考になると思いますので、書いておきたいと思います。
 

布施論の骨子

布施の喜び再考①・・・植福依存症

布施の喜び再考②・・・賞賛欲求と条件付け

布施の喜び再考③・・・純粋な精神的喜び

恐怖心と布施①・・・世が滅びるなら財産は無価値だ

恐怖心と布施②・・・恐怖の預言の活用術

恐怖心と布施③・・・目標必達の影

恐怖心と布施④・・・洗脳

洗脳集金システム①・・・ご本尊、各種グッズ、降魔型エル・カンターレ像

洗脳集金システム②・・・法話拝聴会、研修、祈願

洗脳集金システム③・・・献本、映画

洗脳集金システム④・・・植福菩薩、大黒天信者

洗脳集金システム⑤・・・精舎建立植福

洗脳集金システム⑥・・・納骨壇

洗脳集金システム⑦・・・貸し付けから布施への切り替え
 
見返りを求める心①・・・あの世の見返りは10

見返りを求める心②・・・菩薩の資格の獲得

見返りを求める心③・・・根拠のない期待、老後は大丈夫か

見返りを求める心④・・・執着を増加させる

善意の布施のゆくえ・・・お役に立ちたい心

三輪清浄・・・教えと現実のギャップ

受者が背負うもの・・・3000億円の資産形成からおかしくなった理由

初期の経営と後期の経営の違い・・・深堀りを巡って

 
植福依存症

 幸福の科学の植福をする時の心理状態を観察すると、喜びを伴いながらも、いつしか一種の依存症にようになっていく現象がみられます。私はこれを「植福依存症」と呼びたいと思います。植福が一種の快感となり、そうせずにはおれなくなる症状です。

一般的に依存症が起きるときに、脳内には快感をます神経物質ドーパミンや、脳内麻薬と言われるエンドロフィンのような神経伝達物質が作られていることが知られています。ギャンブル依存やゲームへの依存は、それにのめりこんでいるときには、脳内の快感を増幅する神経伝達物質のドーパミンを作る部位が刺激され、ドーパミンが増えます。またパチンコをしているときはほっとする快感を味わえるエンドロフィンが増加しています。こういう快感を感じるので、その行為は繰り返し反復され、依存症にもなるのです。

それと同じことがK会の植福で起き、植福行為が快感をもたらし植福依存症ともいうべき状態に陥っているのではないでしょうか。植福をして喜びを感じ、それをしないと不快な気分を感じていたひところの自分を振り返っても、その可能性が高いと思います。

<イギリスの研究者らは、テレビゲームをプレイしたときの、脳内のド-パミン放出を調べ、それが顕著に増加すると、報告した。たとえば、コカインや覚醒剤の投与はド-パミンレベルの上昇を引き起こす。若者たちが寝る間を惜しんで、何時間もゲームに夢中になる理由がこれで明らかになった。毎日長時間にわたってゲームをする事は、麻薬や覚醒剤などへの依存、ギャンブル依存と変わらない依存を生む。>(岡田尊司著『脳内汚染』の要点)

 ギャンブルを例にとってみると、ハイリスクでハラハラして、その代わり当てれば大きなリターンがあると、脳内のドーパミンを作る部位が刺激され、ドーパミンが作られるので、さらにのめりこんでいくというサイクルが働いているようです。

 このお金を布施すれば生活が困ったり、老後が不安であるが、信仰ゆえに何とかなるに違いないとハラハラしながら、主のため人類のためにと出すと、周りから賞賛され、自分でも何とも言えないいい気分がする。その気分を味わいたくてまた植福を繰り返す。こうして植福依存症が出来上がってくるのです。

これは私自身も経験があります。勿論それほど高額ではありませんが、布施をすればするほど喜び(快感)を感じて、布施ができないことを不快に感じ、なにかすっきりしない後ろめたい感じがするのです。

 高額の布施になるほど、快感は増大します。継続的にできればできるほど、満足感が深まります。しかし、できないときがあると、罪悪感が出てきます。劣等感も生まれます。「主のお役に立てない自分」への劣等感や罪悪感です。これは次回に述べる条件付けで生じるが、布施をした時の喜び(快感)は、ドーパミン等の快感を増幅する物質が生産されていて、そのために布施が依存症になりやめられなくなっているのではないかと思うのです。

 そう考えると、幸福の科学の布施への熱中が、非常によくわかるのです。

 

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