2013年6月28日金曜日

(投稿)たった一本の電話から


少年とアリ地獄


 
たった1本の電話から、自分の人生の新たな展開が始まる。
良い方向に向かうのか、悪い方向に向かうのか、それはわからない。
ただ、この1本の電話というものは、自分にとっては、明らかに危機である。
しかし、一見危機と見えることが、新たな道を開くきっかけとなることもある。
この1年間、カウンセリング手法を用いて、自らの心との対話を通じ、心の修行をしてきたつもりだった。
自分としては、それなりの成果を上げたつもりだった。
しかしながら、この電話は、「今まで行ってきたことは、いったい何だったのか?」という問いかけをされたようであった。
自分の心の安定は、ガラガラと崩れ、方向性を見失った渡り鳥のように、不安と恐怖に包まれた。
一体、今の自分というのは何であったのか。頭では理解していたようであったが、簡単に足元をすくわれる状態であったのではないか。
心の中で、今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れていくのを感じた。
しっかりとした土台と信じていたもの、それが砂の塊であったとは。
自分の心は、この砂の集まりのように、脆く儚いものであったのか・・・。

心の中から響いてくる声がある。
「あきらめるな。転んでも、また立ち上がれ。」

自らの小ささを知ったとき、大いなる神に真剣に向き合うことができる。
そうして再び、神へと向かう道に進むことができる。
自ら歩んでいた道を見失ったときに、そこに本来進むべき道が現れてくる。

私の心の中に、次のようなイメージが強く浮かんできた。
ある少年が、地面を歩くアリを眺めていた。
アリは、餌を求めて、ただひたすら歩いていた。
少年は、そのアリの前に、蟻地獄があることに気付いた。
心優しい少年は、アリの前に小石や草などの障害物を置いて、アリが何とか違う方向に進むように
仕向けた。
アリは次々に目の前に現れる障害物をかわしながら、蟻地獄から別の方向に離れていった。
それを見て、少年は優しいまなざしで、静かにアリを見続けていた。

神もまた、この少年のように、私を導いてくださっているのであろう。
目の前に現れた障害物は、正しく神へと向かうための「道しるべ」なのかもしれない。

障害物につまずいて、たとえ転んだとしても、
汚れを払って、また歩き出せばいい。
決して恨むことなく、弱音を吐くことなく、
ただ、黙々と、導いてくださる者を信じて、歩き続けること。

ただ、それだけ。

 

 

(コメント)
Aさんからのメッセージです。大きな導きを信じる気持ちを教えてくださいました。

0 件のコメント:

コメントを投稿