2013年6月21日金曜日

幸福の科学の植福を考える⑥・・・目標必達の影


恐怖心と布施③



厳しい目標管理

K会(幸福の科学)での集金システムは合理的で、生命保険会社の目標管理がその原型だといえるでしょう。組織の拡大路線に入った1991年に拡大路線を指揮した実務責任者がある日本鋼管の子会社の経営をしてきた人が目標管理をしたので、企業と変わらない厳しい目標管理のシステムが出来上がりました。

 K会での目標必達の指示は大川隆法総裁から出ています。特に、集金においては絶対的な目標達成を要求してきます。私も職員時代に、総裁の本音はどこにあるかと考えてきましたが、人事の動きを見ると総裁が何を最も評価しているかがわかります。時期によって多少の変化はありましたが、財務目標を達成することが第一義とされたのは疑いようがありませんでした。職員は人事等に現れてくる総裁の本音の要求に敏感に反応します。

伝道と布施と悟りを比べると、一番が布施(集金)で二番が伝道です。悟りは特に要求されてはいなかったと思います。「誰それは悟りを開いた」といって賞賛されたケースがあったでしょうか。一度も目にしたことはありません。過去の仏典には弟子が悟りを開いたのを喜ぶ釈尊の言葉が出ていますが、K会ではありません。最も評価されるのは集金目標(財務目標)を達成した人間です。これは一貫した経営方針でした。
 

集金目標と恐怖心

職員は人事異動によってコントロールされます。K会では頻繁に人事異動が繰り返され、一気に何段階も立場を落とされたり、また必要とされると急に引き揚げられたり、自由自在です。職員は恐怖せざるを得ません。そのために目標達成に向けて必死になります。

伝道であれば、名簿のみの見かけだけの数字の報告でもごまかせますし、現にそれが横行するのですが、集金目標は入金確認があるのでごまかしがききません。献本目標は、その実態は買い取り冊数の達成なので結局は集金です。そこで集金目標による評価がもっとも公平で、その支部の実力をあらわしていることになります。集金目標の達成度合いこそ、最重要の評価尺度なのです。だから集金目標必達のために必死になるのです。

たとえば支部の場合、集金目標が達成されないと、途中で支部長は左遷されたりします。したがって、支部の植福部長や婦人部長は必死になって目標必達に駆り立てられます。もし集金目標に達しない場合は、植福部長などの支部役職者が自腹を切って目標達成をしあげることが少なくありません。いずれにせよ支部役職者は率先して布施をすることを求められるので、布施の機会ごとに無理をして布施をし続けます。

 
信者を縛るもの

 毎年、というより年に何度も様々な名目の布施が要求され、その目標達成が求められます。そこで支部では、支部長と植福部長や婦人部長などが相談して、どの信者にいくら、何の名目で布施をしてもらうかを具体的に決めます。それに基づいて布施を勧めていくのです。

これが毎年毎期、延々と続くのです。そのためにさすがに熱烈信者であっても息切れし、お金ばかり集めるやり方に疑問を持つようになります。そしてその疑問を口にすると「信仰心が薄い」、場合によっては「魔が入った」と決めつけられ、村八分になります。

こういう話を聞きました。ある支部役職者Aさんが「もうこれ以上目標達成に向けて頑張り切れない」と支部役職者Bさんに言いました。Bさんは「そんな弱気なことでどうするか! 主のお役に立てなくていいのか!」と叱りつけ、Aさんは小さくなってしまいました。その後Aさんが帰宅すると、Bさんは支部の仲間にAさんのことを「仏弟子として情けない」と話し、皆も同調してAさんを批判しました。

これを見ていた方はこう思ったと言います。

「私は当時、目標に追い立てられるような気持ちで活動していたため弱音を吐きたい思いをたくさん持っていましたが、それを言えばこんなにも非難されてしまうのかと、怖くなりました。」

この方の法友は、ある時こう話してくれたそうです。

「あんまり大きな声では言えないけど・・。支部に来るたびにお金の話ばかりで嫌になるんだ。布施をたくさんしている人ばかりがほいほいと持ち上げられて、出せない私は支部に来るとみじめな気持になるの。」

これはごく一般的な信者の声だと思います。しかし、信者はK会のこうした方針に疑問を感じていても、通常は口にして批判することができません。これは信仰に反する行為だと見なされるからです。信者が毎日読む『仏説・降魔経』には次のように書いてあります。

「仏法流布を妨ぐる、悪魔はこれを許すまじ。仏・法・僧への中傷は、極悪非道の所業なり。もはや人間として生まれるは、これが最後と悟るべし。この世のいかなる大罪も、三宝誹謗にしくはなし。和合僧破壊の罪は阿鼻叫喚堕地獄への道避け難し。」

 教団の方針は総裁の指示・認可によって出されており、それを批判することは和合僧破壊の罪になります。すると阿鼻叫喚地獄に堕ち、二度と人間として生まれ変わることができないのです。しかも、この経文には「仏陀である総裁はこの世の光であり、宇宙の生命である。この宇宙の叡智に刃向かって逃れるすべはない」と、くぎを刺さしています。

 こうした宗教的な恐怖と仲間から白眼視される恐怖によって、活動方針への疑問は封じ込められています。

そして職員は人事異動の恐怖心から、信者は「主のお役に立たない」とレッテル張り張りされること等への恐怖心から、必死で目標必達に努めるのです。

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