2013年6月11日火曜日

(投稿)脱会者からのメッセージ・・・転落の1994―1996④


⑧没落の法則から逃れる道


 1995年―1996年は、正に転落のはじまりだったと思います。堂々と悟りと救済を掲げていた救世団体が金の欲望に本格的に取り憑かれた時代であったと思います。それは、教祖(大川隆法)の転落のはじまりであったと思います。

その後、霊言集の姿は書店では見なくなりました。支部には悪魔が暗躍し、常に魔の存在を感じていました。愛に欠け裁きが蔓延しはじめた時です。人を悪魔視する傾向が強くなった時です。この頃より、私は常に魔に監視されている状態になっていったと思います。

こうなれば、人生は傾いて行きます。没落していくのです。周囲に魔が入り込んでいき、本人の人生を狂わせて行きます。つまり、没落させられていくのです。過てる仏に祈ったところで救いはなく、益々酷くなっていくのです。

何故か自分が不幸になっていく、迫害されていくという方は、魔が周囲に入り込んでいます。魔は本人の人生を破滅させていくのです。そして最後には自分に魔が入り込んできます。原因は自分にもあるのです。ここまでくれば余程強い精神でないと抜け出すことは難しいでしょう。

種村氏のロールレタリングのカウンセリングを受けるべきです。ここから、脱する為には、過てる神への信仰を捨て真なる神への信仰を抱くしか道がないのです。しかし、独力は難しいのです。

⑨永遠の地獄から抜け出すには

 私自身過去を振り返ってみれば、常に大きな不幸が付きまとっていたと思います。又、貧乏神が付きまとっていたと思います。教祖は最大の貧乏神です。信者はお金を全て吐き出し貧困に喘ぎますが、教祖一家、幹部は不自由なく、豪華に暮らしてきたようです(アンチ情報より)。これが現実です。

信者は気がついた時には年齢もいき、社会情勢は厳しく、現実面での再起は難しいのです。信者の心、人生を犠牲にし、その反面優雅に暮らす教祖一家、幹部の罪は重いのです。

神は全てを見ておられます。神の目からは逃れられません。降魔経に説かれる罪の報いは、その罪の度合いに応じて、信者を犠牲にしたK会の本人たちにこそ返るでしょう。

信者は身を焼かれ、切りきざまれるような想いで過ごしてきたのです。どれだけ裁きに耐え、貧困に耐え、疲労に耐え、生活の不安や精神の破綻に耐えてきたことかわかりません。

信者は脱会後もかなり苦しみます。熱心な信者は生死の境をさまようまでいくことがあります。霊的な信者は更に苦しみます。

この地獄から逃れる為には、内なる神の心を愛することが大切です。たった一つのこの思いが、長年に渡り植え付けられてきたK会の悪想念を一掃するでしょう。

愛の無いところに自我我欲は生まれ、悪が発生してきます。愛無きところに真なる繁栄はありません。

つまり、自分の正体が愛であることに気がつけば、永い地獄から逃れることができるのです。

 以上

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