2013年6月15日土曜日

<検証・大川隆法4.>光明思想論の再検討


生長の家の感謝の思想
 


「生長の家では足ることを知る中道の面がない。光明面のみ見るのは勇気の原理である。」

1987年の光明生活セミナーでの質疑応答での大川隆法氏の回答)

 大川氏の光明思想論は、勇気の原理として位置づけ、発展の思想に組み入れています。光明思想には発展の前段として必要な中道に入る理論がないのが欠点だという評価です。

 しかし、本当にそうなのでしょうか。なぜなら、谷口雅春先生の光明思想は、物事の光明面を見てそれに感謝するという、感謝の生活へと導く理論があるからです。感謝の生活は即ち足ることを知る生活、中道に入る生活へと導いてくれます。

 天地一切のものに感謝せよ。既に与えられていることを知れ、そして感謝せよ、という教えは中道理論です。

 つまり、光明面を見るという思想は、中道の思想にもなるのです。大川氏の光明思想の評価は、一面的であると思います。

 ただし、一般的な光明思想にも欠点はあると思います。それは「悪はない」と言い切っていくので、悪と向き合うという姿勢が生まれないことです。ともすれば自分の悪を見ないことにして、抑圧してしまいます。人の悪を見ないと、お人よしになります。これは光明面のみを見るという教えの影の部分だと思います。

 カウンセリングでは悪と向き合い、そういう自分を受容します。そして共感的に理解し、そうならざるを得ない原因を知ろうとします。悪と向き合い受容するという理論は、悪を別の価値あるものに変えてしまう変容の理論なのです。

 そこまで見ると、悪のエネルギーは悪ではなく、よきものへと転換されていきます。ここまで来ると「悪は本来ない」という光明思想と合致してきます。

 谷口雅春先生は、生涯光明思想と宣揚しながらも、晩年には自分の犯した罪や心の悪を書き出し、向き合い、それを一般信者と一緒になって炊き上げる儀式をされていました。また、生長の家誌の明窓浄机という編集後記に当たるコーナーでは、自分の反省や心の動きも赤裸々につづられていました。

 私は、自分の悪や弱さと正直に向き合ったうえで、それを乗り越えるものとして光明思想に生きた谷口雅春先生の偉大さを、改めて思うのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿