2013年6月13日木曜日

<心の探究シリーズ33>日本の使命


選民思想を乗り越えて


(紹介)

Aさんの深層潜在意識からのメッセージです。日本について独自の視点を提供しています。深い含蓄を感じます。
 

(Aさんからの投稿)


<磁場を守るという使命>

Aさん 日本の使命とはいったいいかなるものでしょうか。我々日本人は、どの方向に進んでいけばいいのでしょうか。

 
深層潜在意識 今の日本人は、自分たちの使命を十分に自覚しているとはいえません。今までの歴史的経緯を含めながら考えていくことにしましょう。

 まず、この問題を説明する上での大きなポイントが、日本の地形にあります。台湾を含めた日本の地形は、世界の大陸の縮図となっている点です。この日本の地形は全くの偶然でできたものでしょうか。日本の地形と世界の大陸の地形を合わせてみると見事なまでに一致しています。ここに日本としての特別な使命があるということを悟らねばなりません。

 では、日本の民族は神から特別に選ばれた民族であるのでしょうか。これは半分真実であり、半分はそうでないといえるでしょう。この日本という地域(あえて地域と言います)は、地球上のあらゆる地域と霊的につながっているといえます。また、この地域は地球の窓口なのです。それがこの地域の霊的磁場の意味であり、この磁場環境を守ることが、地球の霊的磁場を守る上で特に重要なのです。

 ですから、日本神道の神々がこの地域を任されているという意味もわかってくるはずです。彼らの役割というものは、教えの流布というよりも、磁場環境を守るということにあるのです。ですから、日本神道というものは、日本という国の霊的磁場を守るということに中心をおいていたということは過去の歴史からみてもわかることですね。彼らは、磁場を守り高めるということに長けています。そのような意味で、つまり日本の磁場を守るという意味で、数多くの神社が存在し祀られているのです。教えを広めるという点で他の世界宗教とスタイルが違っているのですが、日本にはそうした事情があってのことです。

 さらに日本は単一民族国家を守り通してきましたが、それも磁場環境を守るということでもあるのです。他の民族とあまり混じってしまうと、この磁場環境を守ることが難しくなりますからね。閉鎖的な弊害はありますが、神の使命を果たすという意味において、必要であったと判断されたのです。

 さて、こうした日本ではあったのですが、間違いも犯しています。第1次世界大戦から第2次世界大戦までの日本がとった判断は間違いでありました。間違いであるということは、神から与えられた使命を取り違えたといえるでしょう。
 

<日本の結界について>

深層潜在意識 その前に、「選民意識」ということを述べておきます。選民意識というのは、よく代表されるものに、ユダヤ民族の選民意識というのがあります。この意識自体は、善であるとも悪であるとも言えませんが、ただ、自国の存在のみを善としたときに、大きな間違いが起きてきます。他の民族の不幸の上に、自国の幸福を築こうとしたときに、そこに大きな間違いと大きな不幸が起きてくるのです。

 人類に多々の民族あれど、お互いがお互いの存在を尊重しあってこそ、大きな幸福を築くことができるのです。そこに調和と発展が臨んでくるのです。前にも言いましたが、この地球というものは、その上に存在する物を育む「」なのです。当然ながら、その地域地域も「」であり、そこに生まれ育つことによって、必要なことを学んでいるのです。もし、日本という地域が特別なものならば、そこに生まれた者達は、神から選ばれた特別な存在なのではなく、その地域でなしえる「学びの材料」とその地域を発展させていく「使命」を与えられたということなのです。地域地域の「使命」の大きさに大小あれども、価値においては同じなのです。神から与えられた使命は、11人違います。しかしながら、与えられた使命の価値において大小はなく、それぞれがその使命を果たさなければならないのです。もし価値の大小があるとすれば、それは、その人がどれだけ自らに与えられた使命を果たしたか、ということであるのです。

 さて、話を戻しますが、日本の過ちとして、この「選民意識」を取り違えたということです。蒙古襲来の時の神風は、確かに神からの御加護であったでしょう。しかし、これはこの日本という地域の使命があったために護られたことであって、日本という国が神より特別にひいきされた国であるということではないのです。そういう意味では、「神国」という言葉は半分真実でありますが、半分は取り違えているといえるでしょう。あくまでも「護国」ということであったのです。

 日清戦争での勝利も、「護国」という意味で神の御加護がありました。しかしこの戦争を境に、日本には「選民意識」が生まれました。「神国日本」としての選民意識です。確かにこの後の第2次戦争までの道のりは、日本としては国を護るための政策を基に進めていったのかもしれません。しかしながら、「護国」という意味でいえば、また違った選択肢もあったはずです。「大陸進出」という名の下に、ある意味での侵略をしていたといえるのです。これは、日本が長年にわたって築いてきた結界を崩すきっかけとなりました。または崩してしまったといえるかもしれません。「護国」から「進出」によって自ら築いてきた結界バランスが不安定になってしまいました。そして敗戦によって、結界が崩れてしまったといえるでしょう。

そのあと日本の努力によって経済的にも発展してきましたが、やはりそれも崩れかけています。日本は精神的な結界が出来ていないのです。ここを崩されています。日本は単一民族国家といいましたが、数多くの在日といわれる方が入っています。その一部の存在の悪影響もあります。戦後の「負の遺産」といって良いでしょう。

 自らの国を尊重し護る意識があるということは、それが1つの国を護る「結界」となります。それを、「戦後の罪悪感、自虐史観」を不当に植え付けられたことも、この「結界」を崩されている大きな要因です。「罪悪感」を持たないということも問題ですが、この「罪悪感」というものは、例えて言えば、体の中の免疫を弱める働きをするということと一緒なのです。要は、自尊心が育たないために、自分を、ここでいえば自国を護るということができなくなってしまうのです日本は、この「自虐史観」のために、自国を護るという免疫力を失っている状態なのです。これも、結界を崩してしまった反作用としてあるのです。歴史的に築いてきた結界バランスを自ら崩したことによって、アメリカによって、その後に中国と韓国や北朝鮮によって、崩れた隙間から亀裂を入れられているということになるでしょう。

 
<選民意識の弊害>

深層潜在意識 さて、先ほどの「選民意識」についての補足ですが、これがなぜいけないのかは先ほど説明したとおりです。周りを護り、幸福を願う役目を負った特別な存在として意識するならば、今のような事態にはならなかったですね。よく言われるように、本心から植民地の解放というスローガンのもとに、アジアを護っていくと意識でいたならば、少しは違っていたのかもしれません。

とかく「選民意識」というものは、自分達のみの存在を良かれとし、周りを不幸にしてまでもその上に自分達の幸せを築こうとします。第1次世界大戦以降の日本もこの意識があったのではないでしょうか。この発想というものは、レプ○〇〇〇の発想(西欧列強の帝国主義的発想)なのです。日本には相容れないものを持ってしまったのですから、自らの結界が崩れるのは容易なのです。脇道にそれてしまいましたが、そうしたことが日本においてあったといっていいでしょう。

また、さらに話はそれますが、KK(幸福の科学)においてもたっぷりと「選民意識」を植え付けられましたね。それが信者や信者であった方々の心を縛っています。洗脳の一手段でもあるのです。この前のインドの講演でも、かれらに「あなたがたは選ばれた民なのです。」と言っていましたね。本来、選民なんて存在しないのです。まあ、それぞれ使命があるということであれば、みんなが選民ということになるでしょうね。まあ、この話はここまでにします。

 
<自らの使命を自覚せよ>

深層潜在意識 崩れてしまったものは、元に戻すしかありません。大切なのは、自らの使命をもう一度自覚することなのです。各個人の人生でも同じなのですが、国、地域、個人それぞれに、神から与えられた使命や役割があるのですそれを自覚し、その使命を果たそうとするところに大いなる神の御加護が及んでくるのです

私達は、神から分かれてきたものです。そしてこの地球というものもまた同じように、神から分かれてきたものです。であるならば、この地球やそこに生存しているものもまた、神の自己実現の表れなのです。そう、私達は、神の自己実現の表れであり、神の一部なのです。そして、自らの使命を果たすということは、神の自己実現を果たすということと同義なのです。自らの使命というのは、神の自己実現と一緒であるということがおわかりになるでしょうか。そうであるならば、自らの使命を果たさんとするときに、神の御助力が及ばないはずはないではないですか神と一体となった自己実現です。これが究極の自己実現といえるべきものです。

 ですから、まず日本は自らの使命を自覚せよ、といったことの意味なのです。自らの使命を自覚していないということは、神の御加護がないということになるのです。日本国民は、この地域を護らなければなりません。それが神から与えられた使命なのです。まずはしっかりとした精神的な支柱をたてなければなりません。そして物理的にも。

 まだまだ道のりは長いかもしれません。中国の脅威や、嫌韓意識に振り回される前に、まず自分達は何をすべきかをよくよく考えていかなければなりません。とはいえ、日本という地域は特別な場所なのです。ですから、自らの使命さえ自覚し、それを果たさんと思えば、事態は善転するでしょう。自らの使命をしっかりと自覚し、果たさんとしてください。

2 件のコメント:

  1. 「トート神の語る日本古代史の謎」(ハート出版)を読みました。 当、(心の探求)に、おいては、「日本は、世界のの窓口になっている。」とありましたが、「トート…」は、中東の地(エジプト、メソポタミア、イラン)が、ポータル(玄関)となっているとあります。 この書では、日本の立場をおとしめる箇所が、多くみられます。         日本民族の起源については、「元々日本には、ムーから渡ってきた縄文人が、多く住んでいたが、ヒマラヤ起源で、中国の揚子江地域をへて、日本に、渡ってきたアマテラス族が、日本の縄文人を、征服して、「ヤマト王国を、うちたてた」とあります。  つまり、日本の皇室は、征服者の末裔だと言うのです。アマテラス族というのは、中国から渡ってきたというのが、主張です。               日本を中心とする思想と、砂漠地域(中央アジア)を中心とする思想が争っている背景があって、プロバガンダになっているのではないでしょうか。

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  2. 私は自分の使命の自覚は個性の自覚に伴って生まれてくるものであると思います。そしてそれは各自が自覚すべきものだと思います。同じように日本の使命の自覚も日本の個性の自覚と切り離しては考えられないと思います。そして日本人が自分たちで個性と使命を自覚するべきだと思います。使命とは役割です。どおのような役割をこの地球において担っているかが、使命の自覚です。
    その使命は全世界を征服しする使命ではなく、全世界に奉仕する使命でなければならないと思います。その点が踏まえられていれば、各地域の民族が自分たちの使命を自覚し、それに基づいて世界に貢献することは素晴らしいと思います。
    日本人が自ら自身の個性と使命を自覚するという意味で、投稿者の深層潜在意識の意見は一石を投じてくださったと考えています。

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