2013年6月10日月曜日

<心の探求シリーズ30>日本論①


日本の光と影


(紹介)

Aさんは、K会の影響もあり、隣国に対するネガティブな感情がおきるのを、どうしても抑えることができませんでした。そこで、ご自分の深層潜在意識との対話によって、このネガティブな感情と向き合いました。

Aさんは在日帰化人の方への悪感情を述べていますが、これはAさんの心の奥にわいてくる感情と正直に向かい合っているのであり、Aさんがそういう偏見を持って行動をする人というわけではありません。むしろそういう感情を克服したいと思って、このロールレタリングをされています。

Aさんの表面意識と深層潜在意識の見解が正反対のように見えるのは、心の不思議です。

 (Aさんからの投稿)

Aさん この日本という国と自分との関係を、どのように捉えていけばよいのでしょうか。在日帰化人の悪影響はこれ以上はびこると、もはや手のつけられない状況になってしまうように思います。このままでは、彼らに日本を滅ぼされてしまうのではないかという懸念が湧いてきます。彼らをどうしても許すことができないという感情が起きるのですが、これをどうとらえたらよいのでしょうか。

 
深層潜在意識 日本や他の国というものは、一つの「器」として存在しています。家庭という一つの育みの「器」があり、さらに社会という「器」があり、それを受ける存在としての国という「器」があるのです。さらに、地球という「器」があって、それを包み込む形で、銀河、宇宙という「器」があります。「器」というのは、それらを受け止め、支え、育む存在としてあるのです。

 
Aさん 在日帰化人の問題はどうですか。彼らは、この日本にとっては、まさにがん細胞のようなものではないのでしょうか。

 
深層潜在意識 彼らも日本という「器」の中に存在しているのです。この日本という「器」の中で、互いに育み、支えあい、時には対立しあいといったことを通して互いに学びあうための場として存在しているのです。

「器」を体でたとえれば、その体の中に、いろいろな機能をもったものが存在しています。悪影響を及ぼしている在日帰化人や悪しき官僚(そう、あなたが、その存在を疑問視し、駆逐したいと思っている存在)は、体の中にできた病巣、ガン細胞のようなものでしょう。

ただし、そういう病巣ができた原因というのは必ず存在するのです。例えば、体にとって良くないことをして、例えば暴飲暴食や過度なストレス、過労など、また心の状態がよくなかった、愚痴不平が多かったなど、それらに病気の原因があるのです。

日本は明治以降、急発展をして、さらに第2次世界大戦に負けましたが、その後の奇跡的な発展をしました。紆余曲折はありましたが、光り輝く道のりともいえるでしょう。

その陰にはなにがあったか。他アジア諸国との戦争と侵略、そして彼らに対して差別的な扱いをした。また、明治以前ですが、部落問題につながる身分的差別もありました。これらが影の部分として存在していたといっていいでしょう。

さて、心ない扱いを受け、差別に苦しんだ人はどうなるのでしょうか。侵略を受け、自分たちの文化を否定され、他国の教育を強制され、日本に連れてこられた人たちは意味もない差別を受ける・・・。部落問題でも、江戸時代から差別をされていた人たちは、明治になっても差別の目はなくならない・・・。

そのようなかわいそうな人たちは、当然ながら被害者意識を持ちますね。そして、周りの環境に対する恨みを持ちます。そして自分たちを守るために非結社組織を作ります。自分たちを賤しめる周りは悪であると思います。心の中は、恨み、憎しみ、復讐心で満たされます。自分たちを陥れた環境を破壊してやりたい。そう思う心が、彼らの行動原理となっていくことも当然のことです。そうしてできた、闇の部分があるのです。

 もともとの原因は、日本の社会性と歴史にありました。日本は、アジアを欧米列強から守るために戦った、という見方もありますが、大義名分にすぎません。それならば、中国に対して戦争を仕掛けたり、朝鮮を侵略して、相手の文化まで奪おうとすることは、できないでしょう。相手国との駆け引きがあって、結果として戦争や侵略ということになったことは認めますが、征服欲、拡張欲があったということは隠しようがありません。

日本の軍組織はどうであったか。一言で言えば、軍内の権力闘争であったといえるのではないでしょうか。この権力欲、拡張欲の先に、領土侵略というものがあったのではないか。当時、悪魔であったドイツやイタリアと同盟を結んだのも、悪魔と親和性があったということでしょう。国際連盟を脱退したこともしかり。結果的に見て、いくら過去の歴史を美化しようが、日本はこのときに、権力欲、拡張欲に燃えた悪魔と化していたといってもいいでしょう。そうして、大きな闇をつくっていったのです。

 さらに、日本のコミュニケーションにも問題があるのです。日本は村社会であるといわれています。互いに仲間と連携していく。その長所が今回の大地震でも発揮され、外国の賞賛を得ることとなりました。そのように、「枠」の中では、互いに協力的なのですが、「枠外」では非常に排他的になるという部分があります。

外人に対しても優しいというが、それはコンプレックスゆえと言えるでしょう。その人をコミュニティーの一員として認めれば優しくなるが、それ以外となれば、徹底的にはじいていく。そうしたことは日本以外のコミュニティーでもそうであるが、日本はことさらその傾向が強いのです。一言で言えば、閉鎖的であるといえます。

 そのコミュニティーの持っている不満のスケープゴードとして、部落や朝鮮人が犠牲になったのも事実です。日本人は彼らを徹底的に差別し、戦後もその影響が残ってしまった。そこに一つの病巣が出来上がってしまったといえるのです。

 その病巣を取り除くにはどうするべきか。西洋医学的には、外科手術的に取り除く。東洋的には、心身を調和させ、自己治癒力で治していく。そういうことになるでしょう。

しかしながら、病巣はかなりの範囲に広がっており、これを外科手術的に取り除くと、本体の生命まで脅かしかねません。さらに、左翼的思想に染まって、神経のかなり深い部分までおかしくなっています。

 ということは、心身の調和による、自然治癒力によって治すしかありません。そういうことが、今の日本に与えられた課題です。日本が背負ったカルマとしての問題です。

(次回へ続く)

1 件のコメント:

  1. 日本についての弁明…
    日韓併合は、合邦国家(チェコ、スロバキアのような)であった。コリアの王室に日本の皇室の皇女が、嫁いでいます。そんな植民地があるでしょうか。(インドの王室に英国の王室の娘が嫁ぐでしょうか。)
    創氏改名について…
    平成15年5月、自民党の麻生太郎政調会長が、東京大学の学園祭にて「創氏改名は当時の朝鮮人が求めたものだ」という発言をした。日韓併合は明治43(1910)年である。
    その2年後の明治最後の年である45年に一つの法令が出された。制令第7号の『朝鮮民事令』である。これは朝鮮人の民事に日本の民法、商法を適用することを定めたものである。ただし、そのなかに次のような規定があった。「(民法の中の)親族、相続に関する規定は朝鮮人には適用せず、習慣による」というのである。
    財産の継承の仕方とか家族関係・血縁関係のあり方、その家に代々受け継がれる名称などは歴史や伝統に根ざした生活習慣であるから、そういうものには日本の法律は立ち入らないというのである。朝鮮の生活習慣を尊重しこれまでのままでやっていくということである。これが日本側の基本的なスタンスだったのである。そこには創氏改名の発想はかけらもない。  ところが、先の朝鮮民事令を追いかけるように、「朝鮮人の姓名改称に関する件」という朝鮮総督府令が出された。朝鮮人が改称するには許可を得なければならない、という内容である。  朝鮮民事令があるにもかかわらず、わざわざこのような府令を出したのはなぜか。他でもない。名前を日本式に変えたいという要望が、朝鮮人の間から出てきたからである。
    朝鮮人はシナ人から蔑視されていた。シナと朝鮮は宗主国と属国の関係だったからである。だが事情は変わった。日韓が併合し、朝鮮人は日本人と同じ国民ということになった。五族協和を謳う満州国が建国された。その満州国のなかでは日本がイニシアチブをとっている。となれば、日本人と同じ国民である朝鮮人はシナ人と対等、いや、それ以上であっていい。ところが、名前を名乗れば、朝鮮人であることは一目瞭然である。長い間の習慣は一朝一夕に消えるものではない。朝鮮人とわかればシナ人は相変わらず一段低く見る。
    こういうものが下地となって、日本式の名前に変えたいという要望が朝鮮人の間から出てきた。  それだけではない。朝鮮半島でも日本本土でも、日本式の名前を名乗ったほうが仕事のうえでも生活のうえでも何かと都合がいいことが多い。そういう具体的な損得、便宜などからも、日本式の名前を名乗りたいという要望が強くなったのだ。
     (渡部昇一著 歴史の真実日本の教訓)より 







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