2013年5月8日水曜日

(投稿)脱会者からのメッセージ⑧・・・逆境からの救い


 
3.この世は修行の場であり、救いの場である

 
更に、「この世界は神が創った修行の場である」ということが客観的に見えるように、少しずつなってきました。特に意識はしていないのですが、恐らく、逆境の中で嫌というほど自他と世界の矛盾を見て感じてきたことが、神の御心と重なって矛盾ではなくなってきたからだと思うのです。又、死を覚悟したので、肉体生命への執着が削れ、霊性が現れてきたのかもしれません。

三次元世界の栄華、財物に捉われれば、我欲が押し寄せ執着となり、苦しみが発生します。人に対しても我欲優先でみれば、奪い合う世界が展開され、常に人間不信が付きまとい、怒り、憎しみ、裁き等の思いが蔓延します。自我我欲を獲得する為に争うのです。誠実で純粋な神を信じるような方は、特に親しい関係者に騙されやすい面はあります。

しかし、全ては神の御心の中において実現されていることであり、意味があるのです。この意味こそが、神による真の救い、導きなのです。


  神は万人に救いを既に用意しておられる

 
誰でも生きるにはお金が必要だと思うでしょう。その通りですが、お金は方便であり、神の救いは生きることを与えて下さるのです。現代において、経済という姿になって与えられるだけのことで、もしもお金が無い世界なら、生きるに値するものをお与え下さるのです。

生きるというのは、自他の幸福の為に生きるのであって、自我我欲の為に生きるのではないのです。我欲に溺れる方は、人間が作った法則によって獲得するのであり、獲得の仕方が他人を犠牲にするものであったなら、以降、高いツケを払う事になるのです。神の見えざる法則は何人も変える事はできません。

 しかし、この世界を客観視できれば、自分を向上させて頂く為に、様々な役者、舞台が用意されている事がわかってきて、悪い環境の中にあってもその環境で黒い濁流に飲み込まれることはないのです。あたかも天空より、自分も世界も見下ろすような感じです。

又、逆境で苦しんでいる人々が真にこの世の意味に目覚めるように、言葉を変えて少しずつ伝えていくことも大切だと思います。何ゆえに逆境が目の前に現れているのかを探求せねばならないのです。そして自分が逆境を越えるごとに、自分は神の救いに近づいていくのです

神によって救われる人とそうでない人がいるのではなく、神は万人に救いを既に用意しておられるのです。目では見えない神の救いに手を届かせるように導いておられるのが、守護指導霊です。救いは自分が救われることですが、他の人を神の救いに導くことも救いです。神の手によって自分を救う為の出発点は、自分の中の神の心を愛することなのです。感謝することなのです

 
②真に逆境を超えるには神への信仰が必要

 
神への信仰がなければ、逆境は真に越えられないのです。逆に言えば、神へと近づくために逆境はあると思うのです。

神へ近づくということは、何も考えずに神を信じるということではなく、他の人の中に自己と同じ本質が在るのだと悟っていくことだと思います。その本質は神の心です。

人を愛し許すというのは、自他共に神の慈悲によって創られた存在だということ、全ての人が地上という舞台に生まれ変り過酷な様々な修行課題を克服しているということを認識し、受容していく過程だと思います。まずは、自分の中の神の心を愛して感謝していくことです。
 
私は今回の逆境で神への不信が何回も出ました。何故、神への不信がでるのかといえば、一つは神の存在を信じているからであり、もう一つは、神とはこうあるものだというように「神の正義」を勝手に決め付けていたことが理由です。特に後者は自分の都合による自分の為の裁き神的な思いにしか過ぎなかったのです。

又、イエス様よりはるかに偉大だと自称する「生きた偽の仏」を崇拝していた後遺症で、高慢さがあらわれていたように思います。

しかし、神は私を導いて下さりました。それは、何があっても逆境の出発点を実践してきたからだと思います。そして、神は神を求める者を絶対にお見捨てにはなりません

 
  全ては神への信仰の過程

 
神への信仰とは、自分の中の神の心に対する信仰なのです。神と常に繋がっていくには、自分の中の神の心へ信仰を持ち続けるということだと思います。遠く離れた実体の無い、距離感がある神に信仰を持ち続けることは難しいのではないでしょうか。

逆にK会のように生きた神に信仰を向ければ、強い信仰団体ができるでしょう。しかし、出発点が自分の内以外の神ならば、自分の心は何処かに行ってしまいます。人への「与える愛」が芽生えるはずはないのです。真に自分を愛せてはいないからなのです。
 
自分の内なる神を愛することが神への信仰の出発点なのです。つまり逆境の出発点は、神への信仰の出発点と同じなのです。逆境を越える過程は、神への信仰の過程なのです。

イエス様のお言葉は、知れば知るほど、奥が深いのです。神の一言は、限りがなく深遠なのです。そう思えたならば、与えられた情況を素直に受け止めて努力していかなければならないと思います。道はイエス様がきっと示して下さるでしょう。私はそう信じています。



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