2013年5月6日月曜日

(投稿)脱会者からのメッセージ⑥・・・逆境で味わう神への不信感


Ⅲ.神の導きによって逆境を越えていく

 
1.神の試しにより、現在の自分を知る
 

①新しい職場で、苦しむ自分、再び訪れる怒り、裁き

 
 私の場合、長い間、就職先がきまりませんでしたが、ある他府県の大手企業からオファーがあって決まりそうだったのです。丁度そのタイミングです。ある日、知人から地元企業への紹介がきました。大手企業が県外ということもあって、知人から詳しく地元企業の話を聞きました。内容を聞くと長く社員を育てる風土があり、社風も良く従業員を大切にする優良企業でした。知人の強い押しや地元で働けるということもあって入社したのです。

しかし、入社してみれば、知人が言っていた内容と180度違っていました。相当出入りが激しく、情け容赦なく解雇する企業だったのです。知人が言った内容は、ほぼ全て嘘だったのです。知人もその企業に勤めていて、自分が出世するのに一人企業に入社させる必要があったと、他の心ある社員が教えてくれました。利用されたのです。

私を入れた知人が私を指導することになっていたのですが、1ケ月で他のチームに私を移しました。知人は私を完全に邪魔者扱いにしていました。全く指導はないので、通常ならそのまま半年も経たないうちに私は解職される運命にあるのです。その人は年下の女性ですが、自分が良ければ人がどうなろうと全く平気なのです。口を開けば、嘘をついています。又、陰でこそこそとして、解職された人の顧客を上司とグルになって自分だけのものにしているのです。これには、さすがに驚きました。その上の上司もグルなのです。魔の性質と見事に同じなのです。
 
私は人生をかけて選択し、決意して入社しました。何回も知人と話し合って決定をしていますが、入社後、知人には、他人の人生は利用さえできれば後はどうでもよいという心がはっきりと見えました。又、企業自体が人は解職されていくものということが当り前のようになっています。これは、異常な社風です。

こういう薄汚い人間の特徴は、必ず陰でこそこそとします。他人の実績を盗み取る為です。そして、表面では明るく笑顔で接して、自分に都合よくものを言います。だから嘘が多いのです。私は心中で憤慨していましたし、「しまった、やられた」と思いました。悪に対する怒りの心です。裁きの思いです。

つまり、未だに自己保身による裁き心、怒り等が自分に残っているということなのです。これは、悪なるものを裁いて打ち滅ぼすという裁き神の傾向と同じなのです。K会の後遺症も入っています。

 
②神への不信感

 
 私は神に対する不信が出始めていました。「神は人を信頼して誠意をもって歩もうとする者が利用され犠牲になっても救いは無く、悪意ある者が繁栄するのを黙認することを選択される。」と、どうしてもこのように見えるのです。

現に社会はそうなっている面があるように思えます。現代は唯物論が蔓延し人を物のように扱う社会になっています。金銭が全てで、その為には平気で人を犠牲にする。自分さえ良ければ、他人はどうなっても良いという思いが蔓延しています。あらゆる面で発展した時代に自殺、餓死、陰湿ないじめ、犯罪、画策、浮浪者等が絶えません。いじめにあった者は自殺をし、いじめた者は生きる権利を与えられる。自殺した者の家族は絶望し、自殺に追い込んだ者の家族は子供を守るのに事実まで偽り幸せを確保しようと必死である。

神の心が失われた時代。危機の時代であることは確かでしょう。それ故に神への信仰は失われています。K会は元来、霊性の時代を広める事が使命であったが、我欲に溺れて転落した。信者を洗脳して私腹を肥やす。しかし、神は全てを放置される・・・・・。そう思うのは無理のないことだと思います。

聖書に出てくるヨブもきっと同じ思いであったと思います。つまり、神の救いの範疇を自分で決め付けて、不信を抱く傾向が残っているのです。これは、まだ高慢さの後遺症が抜け気っていないのです。

 

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