2013年5月19日日曜日

(投稿)脱会者からのメッセージ②・・・なぜ愛が消えいくのですか


 2.法の正否は、実践をみればわかる





 

  愛する想いが欠けている団体
 
このような高度な法を旨としているK会において活動されてきた方は、どのような気持ちになってきたでしょうか。誰もが感じるのは、「愛の心」はなく、あるのは「裁き心」であるということではないでしょうか。かくいう私自身も裁き体質になっていたと思っています。
 
愛する愛は5次元の愛ですが、この5次元の愛でさえ実践できていなかったのではないでしょうか。

長い人生は、悩みという「人生の問題集」の連続です。K会でばりばりと活動している頃にも、私は大きな悩みはありました。K会の職員や会員にも相談しましたが、相手にされなかったのを覚えています。職員や会員からは、「自分のことで悩むのは愛を奪っているからだ」とよく言われたことがあります。ほんの些細な言葉にも冷たさを感じます。
 
 又、K会の活動方針に疑問を持ち、教祖の活動方針を口し、みんなにサタン扱いにされた経験もあります。今は携帯電話がありますから、伝わるのも一瞬です。他支部にまで伝わっていて、私を見る目、言動は一変しました。私は支部に行ける状態ではなくなりました。迫害です。これが悪魔視です。
 
悪魔視という見方はK会の法に反しています。人は根本仏より分かれた仏の子であるはずです。人が悪魔に見えるのは、おかしいのです。法とは逆です。

又、根本仏は悪魔を創造していません。愛によって魂を創造しています。つまり、人が悪魔に見えるのは、根本仏の想いに反して愛が欠けているからなのです

 確かに、悪魔、悪霊に憑依されている方はいます。それが認識できたからといって、その人が悪魔、悪霊に見えてはいけないのです。

そうではなく、どうしたらその方の心が変わり悪魔、悪霊が去って幸福になっていくかという愛の心が顕われないといけないのです。

もっといえば、どうすれば本来の仏の子の心を取り戻せるかを考えなければならないのです。

 全ては仏の子という思いと、仏の子を愛するという思いが欠けているのです。
 

  人が悪魔悪霊に見えたなら、その人は悪魔の道へ向っている
 
人が悪魔、悪霊に見える方は、愛が隠れていっているのです。愛が欠落しているのです。

愛は発展するけれど、逆に衰退もしていくのです(愛が隠れるという意味で)。

愛が衰退していけば、自分中心に考えるようになっていきます。

どうもK会にいると愛は衰退していくようです。

 これは、仏説・降魔経にも伺えます。

仏法を広めることを邪魔する悪魔は許さない、という教えです。

本当の仏ならば、自己責任でもって邪魔する悪魔を救済するべきなのです。

悪魔を救済することが地獄界をなくすることになるのです。

地獄界解消も本来の仏の使命と教えられているはずです。

この経を説く「自称仏」自身が悪魔を救済できないのです。(教祖を自称仏と呼んでみたいと思います)

自ら使命を放棄しているのです。

だから、人を悪魔視して、迫害する心が起こるのです。それは職員と会員に伝染します。

こういう思いが行き過ぎると、社会がK会を受け入れなければ、海に沈没させても良いという思いが出てくるのです(天照〇神の霊言)。

あの霊言は、天照〇神ではありません。祟り神です。言うことを聞かない人間を滅ぼす裁き神です。

もしくは、大悪魔です。

ここに愛はありません。あるのは裁き、破壊です。
 
愛が衰退していくということは、自分が悪魔への道を歩んでいるということではないでしょうか
 

  波長同通の法則の弊害
 
 ある支部に貧しい会員さんが来ていた時に、職員が、「貧乏波動がうつって貧乏神に憑かれるから、早く追い出すように」と言ったのを聞いた事があります。この事例も悪魔視の変形版です。

この職員は、K会の波長同通の法則を信じていないと思いました。貧しい会員さんが来ることで貧乏神に憑かれるのなら、この職員には既に貧乏神が憑いているのです。これが波長同通の法則です。
 
波長同通の法則は次元を分ける理論にもなっています。

次元の高い者しか次元の高い霊言は降ろせないということにもなります。

しかし、この意味の波長同通の法則は真理ではありません(種村ブログ参照)。

精舎や支部でお布施をした時だけは霊言を受けられるという研修が別に作られていますが、もし自宅で自由に高級霊の霊言を受けられるという人が出てきたら、すぐに異端視され、迫害されます。

 こう考えてみれば、どうも波長同通の法則が悪さをしているようです。

相手が悪魔、悪霊に見えたり、貧乏神に見えて避けたり遠ざけたりするのは、自分に何らかの悪影響がくると思って恐れているのでしょう。よく悪霊波動が来る、悪霊がうつるというようなことを言っていたと思います。

自分の心が愛の心で調和されていれば、悪霊は近寄りません。

「害が及んでくる」というのは、恐怖心からくる自己防衛で、そういうことを言うのでしょう。
 
実際に、心が愛で調和されていたなら、悪霊は感じなくなります。

目の前に憑依されている方がいても愛の思いが伝わっていけば、天上より光も射してきて、その方の悪霊も外れていきます。

波長同通の法則なら、愛の想いは悪霊には伝わらないはずです。悪霊と愛の思いは波長が合わないからです。でも実際に愛の想いは悪魔にさえ伝わります。改心する悪魔もいないわけではありません。

しかし、悪念の強い悪魔になると、そう簡単にはいきません。一旦憑依されると簡単には離れないのです。悪霊と悪魔は全く違うのです。

現実と照らし合わせてみれば、どうも波長同通の法則は正しい面もありますが、絶対の真理ではないと思います。

確かに悪魔は心の隙(我欲、執着)を狙って来ます。

ただ心が調和されていても悪魔は来ます。歴史上の釈尊でさえ邪魔された訳ですから。悪魔のような心を出していなくても悪魔はやってくるのです。

また悪霊、悪魔に対しても愛の想いは伝わります。伝わるから離れるのです。伝わらなければ、一旦憑依されれば、永遠に憑依され続けます。

更に、私のような境地の至らない者にも菩薩が光を降ろして下さったこともあります。

その想い正しく一心ならば、高級神霊は応えて下さいます。菩薩は人の苦しみを観て涙しておられます。菩薩にすがる全ての者は、その想いは菩薩に伝わっているのです。菩薩の心境になれずとも、菩薩に思いを向けることで導かれます。
 
波長は全てに同通します。何故なら、全ては神の子だからです。全ては繋がっているのです。全ては、根本神へと繋がっているのです。

K会の波長同通の法則は愛を隠し警戒させます。又、波長同通の法則が絶対の真理なら、論理的にみても悪魔、悪霊を救うことができないことになります。これは救済の法に反している教示と言えるでしょう。
 
 以上のような愛の無い行為は、他にも今までたくさん見てきましたし、K会の中で経験もしました。活動信者なら多くの経験があるでしょう。

K会で問われるのは、活動実績です。伝道数、献本数、書籍購入額、行事参加数、植福額、祈願数(額)などです。これを増やすのに必死です。どの支部も同じでしょう。

 これを増やす活動が与える愛の最たるものとみなされます。

例えば、伝道の為に書籍を、大体は自分で購入して献本します。

献本数には目標があります。例えば、チームで月目標500冊とします。活動会員が20人しかいなければ、一人25冊です。25冊を自分で購入して献本するのです。

私はこういうやり方が嫌で、嫌で仕方ありませんでした。しかし、仏の理想実現の為に無理をしてでも行なっていくのです。

具体的にいえば、これがK会で賞賛される最大の与える愛の一例ということになります。

実際にはこの与える愛の実践が、何次元の愛になるかはわかりません。しかし、この活動が菩薩(7次元)への道らしいのです。
 
K会の初期の頃は悟りの向上にも力を入れていました。途中で活動実績が全てになりました。それにより、愛の発展がおきたでしょうか。悟りの向上が見られたでしょうか。いいえ。それは起こりませんでした。

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