2013年5月19日日曜日

受容<種村トランスパーソナル研究所通信>


 受け入れるということ 

受容ということは、カウンセリングで学べる非常に価値の高い姿勢です。受容は、自己受容と他者受容に分かれます。

自己受容をするとありのままの自分を受け容れます。すると仮面を被らなくなります。そのかわり、ありのままの自分と向き合うという覚悟が常に要請されます。その際に自分を裁かないことが重要です。裁くと受容はできません。裁きは必ず抑圧を生むので、ありのままの自分を見ることができなくなります。

他者受容は相手を受け容れるということです。裁かないで受け入れることです。ありのままに受け入れるのは、相手の立場に立って理解しようとするためです。こうして相手を理解すると心の絆が生まれます。エネルギーが通い合います。それが相手を癒します。

「受容」はきわめて奥が深いことをユングは教えています。受容に関して非常に深い体験を、ユングはしているようです。少し長文ですが、ユングの言葉を味わってみてください。

「悪からたくさんの善が私にもたらされました。静かにし、何も抑圧せず、耳をそばだて、現実を受け入れ、―― 物事をそうあってほしいようにでなく、そのままに受けとめ ―― そのようなことすべてを行っているうちに、並みはずれた知識が、また並はずれた力が、私のもとにやってきました。そしてそれは、私がとても想像しうるようなものではありませんでした。

われわれが物事を受け入れるとき、それは何らかの形でわれわれを圧倒してしまうのだと私は思っていました。このことはまったく真実ではないとわかりましたし、それを受け入れてこそ、それに対する態度もとれるのです。

今や私は、永遠に交替する善も悪も、光も影も、私に来たるものは何であろうと受け入れ、また、私の性質の肯定的、否定的な両面も認めて、人生を正々堂々と送るつもりです

このように、何もかもが私にとって、より生きたものとなってきました。なんと私は馬鹿だったのでしょう。どれだけ私はすべてを、そうすべきだと勝手に考えた方法で進ませようと強いてきたことでしょう」(『黄金の華の秘密』注釈)

受容というのは単なるカウンセリングの方法論ではなく、すべてをありのままに向き合い、決して目を背けないという覚悟を伴う人生の姿勢だと思います。「人生や世界が自分に与えられるものには、本当の意味で自分を害するものは何もない」という、深い信頼がそこには横たわっている気がします。ユングの言葉を「宗教的」と感じるのはそのためでしょう。

受容に関して、一つだけ注意点をあげておきたいと思います。受容では、相手の思いや自分の心に湧き上がる想いをありのままに受け入れる際に、それがのりうつりの波動であるかどうか、それが自我の思いであるかどうか、その奥にある意図は何か、そうしたことを見抜くことが大切です。見抜いたうえで、そういう状態にあることを受け入れている必要があります。そのためには、見抜こうという意識を持つことが、まず大切です。

私たちは相手の感情を自分の心に写し取って、つまり受容して理解します。相手を相手の立場に立って理解するには、いったん自分の心に相手の思いや感情を入れて写し出さなければなりません。そのときに、この見抜くことをしておかないと、後々まで悪い影響が残ることがあるので、注意が必要です。

悪を受け入れてもいいが、悪を悪と見抜いておかないといけないということです。自分の心の中にある悪を知り、それを正直に認めて、類似の悪に関しては自分の中の悪と呼応してしまう可能性を知っておくことです。悪という言葉を我欲と言っても構いません。その認識がないと、悪にのみこまれることがあるので、気を付けたいと思います。

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