2013年5月22日水曜日

<心の探求シリーズ26>神への恨み・影との対話①

「神よ、あなたはなぜ私を見捨てられたのですか?」

 

心が浄化され心境が進んでくると、もっと深いところにある抑圧と向き合う準備ができます。すると、深層潜在意識にある深い抑圧が意識の表面に浮かび上がってきます。この抑圧は過去世での苦しい体験でできた心の傷です。その傷はまだ癒されておらず、膿を出しています。これは自分の「影」でもあります。

Aさんは深いところから現れた自分自身の「影」と向き合うことになりました。

 
(Aさんからの投稿)
 

先日の「自己との対話」に引き続いて、深層潜在意識にひそんでいた抑圧と対話を行いました。これは、時折顔をのぞかせていた思いで、何とも言えない「絶望感」を伴うものでした。自分には、「自分に関わる人達を不幸にしてしまうのではないか」という特に根拠のない漠然とした不安感があり、それが自己処罰感と結びついて、自分自身を苦しめていいました。なぜこのような感情が自分の心の中にあるのか不明であり、今世のみならず、過去世にさかのぼって見つめてみる必要があると感じました。

この抑圧を「影」として、「私」と対話した内容を書かせていただきます。

自分の中にある「絶望感」「不安感」「自己処罰感」に静かに思いを向け、そこから伝わってくるものを書き綴りました。
 

 「心の中に深い闇が広がっている。絶望の闇。その先に行き着くのは絶望・・。深い闇だ。この未来の先は絶望だ。先がない。未来はないんだ・・。

深く広い闇・・。もう未来はない・・・。」

私 「どうしてそんなことがわかるのか?」

 「未来はないんだ。希望もないんだ。進む先は何もない。絶望のみだ。」

 「神がいる限り、希望しかないはずだ。」

影 「いや、もうこの世は終わるんだ。この世界は終わるんだ。どうあがいても先はない。暗闇がどこまでも広がっている。」

 「そこは無間地獄か?」

影 「わからない。でも希望がない。何もないんだ。どうしていいかわからない。どっちに進んでいいか。術がないんだ。どうすることもできない。

自分の力ではどうすることもできない。とにかく、希望が見いだせない。

どうせダメだ。何をやってもダメだ。この先は絶望しかないからだ。そのままずるずると引きずられて絶望に飲み込まれるのさ。何とかしたいけどどうしようもない。自分の力ではどうすることもできないんだ。」

 「今、何が起こっているのか?周りには何かあるか?どのような状況なのか?」(※ 左肩から頭にかけて、痛重くなってきた。)

 「攻められたのさ。そして捕まった。とらわれの身だ。そのうち殺される。

もう逃げようがない。希望もない。もうおしまいだ。何をしてもダメさ・・。」

私 「神への信仰はあるか?」

影 「どうしてこんなことを神が許されるのか。わからない。神に裏切られた感じだ。」

 「最も信じていた方に裏切られた感じなんだね。」

影 「私は神を信じていた。それなのに、何で私たちを助けてくれないんだ。

悲しい、つらい。希望が失われたんだ。もう何も信じることはできない。信じられないんだ。」

私 「それで、殺されたのか?」

影 「当然そうなった。私は絶望の中で死んでいったんだ。私の中には、悲しみと絶望に満ちていた。つらかった。ものすごくつらかった。わかるか。このいたたまれない気持ちが!

どうすることもできない。この自分に対する無力感、そしてこの絶望感を・・。」

 「そして、今世生まれた時に、母親に対して、その絶望感を味わったというわけか?」

 「そう、全く同じさ。信じるものに見捨てられた悲しみ、苦しみ、絶望感。

同じものを味わったようだ。」

私 「そして、過去の宗教団体での活動でも、この絶望感が引き出されたというわけか。」

影 「そう、全く同じじゃないか。絶望感という意味では同じなのさ。」

 「このままでいいと思うか?」

影 「自分ではどうすることもできない。」

 「つらかったという思いが、こちらにずっと伝わってくる。」

 「伝わっているのは、感覚だけだろ。実際はもっとつらかったんだ。」

 「死んで、どうなったのか?」

 「わからない。しばらく苦しみのなかにいたと思う。その記憶はないんだ。」

 「まだ苦しみが続いているんじゃないのか? 死んだことがわかっているか?」

 「どうなっているのか・・。でも死んだことはわかる。天国にいたのか、地獄にいたのか。でも苦しみは抜けてないんだ。」

 「反省しないのか? 反省できるか?」

 「何を反省するというのか? 神に裏切られたことを反省するというのか? 自分が間違っていたということを反省するのか? 何を間違っていたんだ。裏切られたのはこっちだぞ! 反省するのは神ではないのか? どうしてこんなひどいことをされたのか。信じていたのに・・。ずっと信じて、信仰していたのに。神を愛していたんだ。でも助けてくれなかった。必死に祈った。でも助けてくれなかった。どうして、どうして・・。何が悪かったのか・・。」

 「死んであの世に帰ったのは、わかっていますよね。その時点で苦しみは抜けませんでしたか?」

 「苦しみ、肉体的な苦しみはなくなった。死んだら,あの世に帰るということは知っていたから。でも絶望感は取れなかった。神に見捨てられたという思いは残った。大きな絶望感、悲しみとして残った。そう・・、残っていたんだ。神は自分を愛してくれない。支えてくれない。自分は孤独だ。見捨てられた存在だ。そのような価値のない存在なのだ・・。」

 「あなたは、その生涯で何を学びましたか。神はあなたに何を期待していたのでしょうか。あの世があることはわかっていますよね。では、あの世の視点から、この世に生まれてきたことを、どう見ますか。他にも迫害を受けながらも、神の愛に生きてきた人もたくさんいました。その人達のことを考えて、あなたはどう感じますか? あなたよりもっとひどい境遇に会われた聖人達も数多くいます。その方と比べて、あなたはどう感じますか。

イエスの生涯はどうでしたでしょうか。彼の生涯について、あなたはどう感じますか。

 確かにあなたの人生はつらく苦しいものでした。でも信仰という面から見て、それでも神を愛し続けた信仰者を見て、どう感じますか。」

 「・・少し神に意識を向けてみます。神様は私を愛して下さっているか・・。」

 「神はあなたを創られたときに、永遠にあなたを支えると約束されました。そのような神がなぜあなたを見捨てたりするでしょうか。今も、そして、これからもずっと支えて下さっているはずです。その神の御心を感じ取れるでしょうか。

  それから、私が反省研修で受けたときに出てきた意識は、あなたの意識ですね。そのときはものすごい悲しみと、見捨てられた思いで、涙と体の震えが止まりませんでした。反省をしているのに、何でこんな思いがでてくるのか不明でしたが、これはあなたの意識ですね。確かに強烈に悲しい思いでした。あなたは、これほどまでにつらい体験をしたのですね。そのときにダイレクトにあなたの意識を感じ取ることができたのです。」

 「そう、ものすごく悲しかった。親に見捨てられた思い。「なんでなんだ-」という思い。私はそのときにそう感じた。そして死んでいったんだ。私は神を愛していた。信じていたのに・・。」

 「心に深い傷を負ってますね。この傷は神によって癒されるべきです。神への愛を感じとることによって癒されるのです。少し神の愛を感じてみましょう。」

 「自分だけじゃないんだ。多くのひとが死んでいった。私は神に祈った。彼らを救い給えと。でもそうはならなかった。自分だけの苦しみじゃないんだ。多くの人の苦しみを感じるんだ。多くの人を救えなかった自分、そしてそれを見捨てた神。自分だけじゃないんだ。多くの人の悲しみを感じ、それを背負っているんだ。だからつらいんだ。」

 「その人は今救われていますか?」

影 「救われた者もいる。まだ苦しんでいる人もいる。」

私 「それはあなたの責任ですか?」

 「そう言われると、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。」

 「その方に対して、絶望感をもっているのですか。それは正しいことですか?」

 「そうじゃなくて、神に見捨てられたことに対する絶望感だ。でも神様が本当に見捨てたというのは、確かにおかしいな。そんな訳はないよな・・。」

 「これはトラウマに近いものがあるから、すぐには取れないかもしれません。神の愛を感じていくことによって、徐々に心の傷をいやしていく必要があると思います。少なくとも絶望感を感じているということは間違っていると理解すればいいわけです。」

 
ここで、この意識に対する「自己との対話」は終了しました。

ここで、超越潜在意識に思いを向けてみると、この意識に対する指導が始まってしまいました。

(次回に続く)

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