2013年4月9日火曜日

<心の探求シリーズ2>恐怖心と向き合う



描画法で知る深層潜在意識

  

Aさんは自分の心の中にある葛藤を絵にしました。自宅で描いた絵を持ってきました。

それは、追っ手に追いかけられて、洞窟に逃げ込んで、そこで祈ると光が頭上から注いでくるシーンが描かれています。

Aさんは、授業の数日前から、迫害され、殺されるという恐怖心が、どういうわけか湧き出て止まらなかったと言います。その思いを味わっていて、その時に浮かんできたのが、この絵のイメージでした。

それを見ながら、そこに描かれ投影されている思いを感じ取る授業となりました。その時に、ロールレタリングを使っての自己対話もしてもらいました。

この授業の後日、Aさんからは次のようなメールをいただきました。Aさんが自分でさらに探究された内容も書かれており、心の不思議を感じさせてくれる内容です。

 
Aさんの投稿)

今日は本当にありがとうございました。

授業のおかげで、自分が持っていた疑問のかなりの部分が氷解しました。

種村さんにはお世話になりました。

自分が描いた絵や文章については、内心では、自分のイメージの中での想像の部分であり、これが事実かどうかは疑問だ、という思いがありましたが、そうではないことがわかって、内心びっくりしています。

絵や文書を書いている内に、自然にわき上がってくる思いを素直に受け止めるということが、とても大切であるということがよくわかりました。

また、自分の中から出てくる思いや感情が、自分の想像から生み出されたものではなく、深層潜在意識から出てきたものであり、自分ではとうてい出来ないと思っていたことが、実際に出来ていたことがわかり、素直に信じていいんだ、という自分に対する信頼ができました。

 授業中に講師の方に、「私の絵を見ると、心臓がバクバクしてくる。」と感じ取っていただきました。その感じ方は、自分が以前に深い反省行をした時に、自分が味わった感じ方と全く同じものでした。これには、自分でも正直、びっくりする思いでした。

数年前、私が反省行をしていたときに、突然心臓がバクバクして、苦しくて、もうどうしようもない思いが心の底からわき上がりました。そして「なんでなんだあ~、どうしてなんだあ~」という強く激しい感情が心の底から突き上がり、一時的にパニック状況になってしまいました。

自分では、深く反省が進み、心が浄化され、徐々に清らかで落ち着いた心境が深まっていた状況であったのに、何でこんな感情がわいてきたのかわかりませんでした。

しかし、今回の授業ではその当時の自分の状況を、私の守護霊を通して教えてくださったので、ようやく、その謎が解けました。あの「なんでなんだぁ~!!」という感情の意味が、何となくわかってきました。

「信頼する者から裏切られた感情」と、「自責の念」が、心深くに存在し、それを抑圧していたということがわかりました。

今日お持ちした絵は、どうやら「迫害(らしきもの)を受けて、何とか洞窟に逃れて隠れながら、恐怖と自責に念に打ちひしがれながらうずくまっている自分」を描いたものであったということでした。

それから自分が、過去世では女性であった時期があったことと、本質的に女性的な部分が強いということは、自分が調和をとても重視することと、やたらを気が回るし、気を遣う部分があるので、「何で自分は男性なのに・・・どうしてかな」という思いがありましたが、言われてみれば、確かに納得・・、と思いました。

女性霊と男性霊の混合は霊的レベルが低いということを昔聞いたことがありましたので、それに対する抵抗があって、「そうではない」と自分に言い聞かせていましたが、まあそれはそれでいいか。という思いです。

 
帰宅してから、自分のことを深く振り返ってみたのですが、次のことが(何となくですが)わかりました。

 暗い洞窟の中にいる自分と、上から光を投げかけている絵を今日お持ちしましたが、その場面を自分の心に描いてみると、洞窟でうずくまっている状況にいる自分よりも、上から光を投げかけているイメージの方を強く感じます。

その光を投げかけている方の必死の気持ちがジンジンと伝わってきます。

何とか、この者を救いたくて、必死にありったけの愛を投げかけている、この者を深く愛そうとする気持ちが伝わってきます。

たぶん、光を投げかけている存在は自分だったと思います。

そして、洞窟の中にいる者も自分であり・・・複雑ですが、そんな感じのようです。
 

それから、追い詰められた自分は、結局どうなったのか・・、ということですが、どうだったのか、ということを自分に問うてみました。

どうも、みぞおちの付近を刃物で刺されたか、もしくは毒殺によって結局殺されたようです。

みぞおち付近がなんとなく熱く重く感じられました。「ああ、やっぱり・・」というところでしょうか。

それから、実は昔からあったことなのですが、自分が人前で(というか聴衆の前で)たとえば芝居をやったときとか、しゃべったときなどのあとで、みぞおちの部分(胃の上の部分)がぎゅ~っと締め付けられるような、ぐっと食い込まれたような痛みを感じ、そのまま人目を避けて、うずくまってしまい、数分間痛みというか苦しみが抜けなくなるということが幾度となくありました。

自分は、人前に立つことによる過度なストレスで、胃けいれん的なものが生じるのではないかと思っていましたが、たぶん、追い詰められたあとに結局見つかって、多くの面前で、何かを言わされたかやらされたあとに、みぞおちの部分を刺さたか毒を飲まされたことにより、殺されたと思われます。

まあ、そのときも相手に屈せずに反抗したんでしょう。自分の意見を通した結果だとは思いますが・・・。

そのところは、以前の会社にいたときもそうでした。会社のためを思い、正論を通して、大義のためにやろうとしたことが、結局通らずに、排除されてしまいました。歴史は繰り返す・・・、といったところでしょうか。まあ、今回はまだ殺されずに済んでいますが。

 
ついででしたので、これから自分はどうしていいのか、ということを、自分の中で上位に位置する(であろうと思われる)存在にきいてみたところ、次のような思いが返ってきました。

 「それは、すでにあなたに示している。(ここを、やたらと強調している感じでした。今更聞くな、といった感じで・・・。)

まずは、自分の存在の本質が、『愛』であるということを知ること。ただひたすらに相手を愛する存在そのもの。それが自分であるということを知ること。それは今までに、いろいろなところで示しているでしょう。自分の中を深く掘り下げていくと、『愛』の思いが湧き出てくることを、もうすでに体験として感じとっているはずです。まず、それを知ること。

もう一つは、『思い』の力を知ること。すべては『思い』で創られています。まず『思い』があって、それが自分のまわりの環境をつくっているということ、自分の運命を変えたかったら、自分の『思い』に注目してください。自分は『思い』でもって自分の人生を創ることができるということを、知識として知っているはずです。それを心で理解し、実践してください。『愛』の実践を『思い』において実現してください。」

 ということでした。何だか難しい注文ですが、確かにこれらを実現するための教材は自分のまわりに集まってきているような気がします。

「あまり時間がありませんよ。焦らず急いで・・。」という、訳のわからない難しい注文もあるようです。 

これは自分の本質的な部分から、かなり具体的でしっかりとした感じで伝わってきたので、少し安心しました。

 さらに、深く自分を見つめていきたいと思います。

これからもご指導よろしくお願いします。

 
 (コメント)

 
Aさんからの報告を見ると、深層潜在意識にたまっている心の傷(トラウマとなっている記憶)が、今世で身体症状(胃の痛み)となって何度も出ていたことがうかがえます。これを思い出したのちは、そうした痛みは消えたようです。
 
絵の中で祈っている自分に対して、頭上から光を投げかけている存在があるが、それも自分自身だったという感覚は、おそらく彼の深層潜在意識が地上に居る当時の自分に対して光を投げかけようとしているのをイメージ化したものだと思われます。 
 
この経験は迫害経験ですが、同様の強迫観念を持っている人は少なくありません。そうし方でも、こうした心理学的な手法をとれば強迫観念は軽減していくと思われます。


最後に、Aさんが対話したのは自分自身の深層潜在意識です。これを表面意識の「自我」に対して「自己」と呼んでもいいでしょう。深層潜在意識は本人よりも一段高い認識力を持っており、英知を持っていることがうかがえます。

 

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