2013年4月5日金曜日

自己愛性人格障害を考える(その7) 共感性の欠如


自己愛性人格障害の特徴と診断(5)


 

(5)搾取的態度と共感性の乏しさ

 

自己愛性パーソナリティー障害のもう一つの重要な特徴は、「相手に対する人間的な思いやりや共感が乏しく、利害損得だけで打算的に考える」ことです。そのために、自分の都合や利益のために相手を利用しようとします。


相手に利用価値がある間は比較的いい顔をしていますが、利用価値がなくなると急に冷淡になり、そっぽを向いてしまいます。手のひらを返したような態度を取っても、あまり心が痛むことがありません。


OR氏と高橋信次霊との関係が一つの典型的な事例として思い浮かびます。


またOR氏と前妻の方との関係も同様です。


私も教団を退職したとたんに、私を見る教団職員の視線が完全に変わったことを痛いほど感じました。そういう私も、かつては同じでした。ですからそれは因果応報で、「教団を追われた人を、その方の立場に立って共感的に見れるような機会が与えられた」と思います。ですから、私への退職後の扱いがひどいので、それを恨んで・・・・といったことは全くありませんでした。



そんな中でも例外的に、退職が決まっても全く態度を変えることなく接してくれて、元気をなくしている私をドライブに誘ってくださった職員さんがいました。こういう時の人の暖かさというのは、マッチ売りの少女が雪降る夜の街でこごえそうになった時に灯した一本のマッチの火のような温もりを感じさせてくださいました。今もその時のことを思うと、感謝の気持ちが湧いてきます。


また、別の方が、私のことを気遣ってくださり、一緒に散歩しながら見送ってくださった暖かな視線も思いだします。


 
共感能力の欠如

翻って私が同じようにできただろうかと思うと、そうではなかったと思います。私も自己愛性パーソナリティー障害であったと言わざるを得ません。

その特徴は共感能力の欠如です。つまり、相手の立場に立って相手の気持ちや状態を思いやることができないということなのです。

なぜそうなるのでしょうか。一つには、自分が特別だと思いすぎるからです。自分はほかの人とは違う特別な存在だと思うと、すべての人が自分に奉仕してくれる存在のように勘違いしてきます。それを裏返すと「相手を利用する」付き合い方が生まれます。意識してそうしなくても、無意識的にそうなるのが怖いところです。ここから相手に対する「搾取的態度」が生まれます。

最近、ある二世会員の方から、「あなたが職員のときに、原さんや関谷さんを批判したが、私たち在家が布施をしているということをしっかり考えてくれていましたか。私たち在家のものが、初期に高弟と言われていた人たちが争っているのをどう思っているかを、あなたは感じ取ろうとしてくれていましたか」という趣旨のメールをいただきました。

全くそういう観点はなかったというのが正直なところです。私には、個人的には原さんも関谷さんも、全く恨みはありませんでした。むしろ私が会員になってから職員になるまでの間、原さんにはヨガを教わったり、いろいろな連絡をくださったりと、よくしていただきました。また関谷さんも、好々爺としての印象しか残っておらず、ご自分を高く見せない方だと思っていました。

しかし、ひとたびOR氏から彼らの問題点を教えられ、その背景にある霊的なことを聞かされると、私はOR氏の意図通りの動き方を、進んでしました。OR氏は、この二人の問題が起きたのは、私をはじめとする初期からの弟子が不十分な仕事しかしていなかったからだと、指摘しました。その責任を取るために、私は彼らのことを批判する書籍を書くように、指示を受けました。いろいろな関係者に取材して、彼らの悪い面をつづって書籍としました。それが正しいと信じて、行いました。

こんなこともありました。紀尾井町ビルに移ってからの話です。原氏の守護霊が長い針をもって、OR氏を突き刺そうとして来ているというのです。それを止めるためには、原氏にダメージを与える必要があるということで、原さんを中傷するビラを作り、自宅ポストに投函するという作戦が立てられました。広報局が担当したのですが、そのビラの内容までOR氏か指示がありました。原さんがあたかもスキャンダルを起こしているかのような話をでっち上げたものでした。それを自宅周辺にまかれると原さんはダメージを受けるだろうから、あたかも自宅の近隣にまいたように見せかけて、実際には本人宅にだけ投函するという作戦だったと思います。

敵はでっち上げてでも潰せ」という教えが、未来館の参謀の鉄則という研修で教えられるそうです。この研修を受けた知り合いから教えてもらいました。さすがに印刷物にすると差しさわりがあるので、印刷はしていなかったそうですが、講師が口頭でそれを伝えるのだそうです。ですから、OR氏がそういう指示を与えるのも、相手を敵だと認定したら何でもないことなのです。

そうしたOR氏の判断を絶対だと思って信じていますから、何でもするというのが職員の立場でした。それを見て信者の皆さんがどういう思いになるかとか、どんな気持ちで布施をされているかとか、全く思いめぐらすことができなかったというのが正直なところです。

 
謝罪

ですから私の当時とった原さんや関谷さんへの仕打ちは、間違っていたと思います。ここでお詫びを申し上げたいと思います

そもそもの問題の始まりはOR氏は結婚を控えていて、原さんの嫉妬がそれを邪魔をするので関谷さんと結婚するように勧めたことにあると、私は理解していました。その結婚は、高橋信次霊が霊示を降ろしたことになっていたと思います。いわゆる神託結婚です。そうしておいて、原さんと関谷さんご夫妻を仲人として、OR氏とK氏は結婚式を挙げたのです。結婚期の当日、私は写真係をしていて、かなり緊張していたのを思い出します。

その後、結婚したのちのOR氏にとっては、原さんは邪魔な存在として扱われ出したと思います。実際に、急速に会の中で浮いた存在となっていかれた感じがありました。詳し事は関谷氏が詳細に「虚業教団」という本に書かれていますし、ネットでも見れますのでご覧ください。

OR氏は幹部同士をけん制させて、幹部同士が結束しないように意識的に操縦していたように思います。

OR氏はよくこういうことを言っていました。
私は人と話すと、相手の人が言ってほしいことを言ってしまいます。これは霊能力で相手が言ってほしいことを感じ取ってしまうからです。だからその人は『何とこの人はいい人なんだろう』と思います。しかし、別の人と話すと全く違うことを話しています。

要するに人によって、いうことを完全に使い分けることができる人なのです。それでいて、それぞれの人には、OR氏は自分をもっとも高く評価してくれると思わせるのです。一種の人心操作術の天才でしょう。

それで、たとえば前妻のKさんを抑え込みたいときは、別の女性秘書にKさんの悪口を吹き込んで、それをしゃべらせます。その人は「OR氏は自分を信頼して、自分にだけはつらい本音を話してくださった。この思いをほかの秘書にも伝えなければならない」と思いこみます。そうして組織の中に確執が起きてくるのです。

ここでは原さんと関谷さんの実名を上げさせていただきましたが、これはお二人への謝罪の気持ちを申し上げたいので、あえてそうさせていただきました。もし私がここで書いた内容で不愉快な思いをされることがございましたら、お許しいただきたいと思います。またきょう子さんの名前も出させていただいておりますが、これは関係者ですのでお許しください。私が見たこと、またKさんから伺ったことも踏まえて、書かせていただいています。万一、記憶違い等がありましたら、すぐに修正しますので、遠慮なくご指摘いただきたいと思います。

さて、自己愛性パーソナリティー障害の人は、自分が冷酷なのにそれを自覚しません。むしろ相手に問題があると考えますので、「役にも立たないのに、図々しい」「厚かましい」と、あっさり切り捨ててしまいますので、そばに仕えている人は常に覚悟をしておいてください。

いざという時には、このタイプの人は助けてはくれませんので、それはわきまえておく必要があります。その時になって冷酷だと言っても、もともとそういう方なのだと割り切るしかありません。

 
 布施の問題

最後に「搾取的態度」について触れさせていただきます。

私は職員時代は植福の推進をして、いわゆる勧進をしてまいりました。もともと勧進とは宗教行為なのです。ですから、勧進をすることで信者の方の執着が取れて、感謝してささげたいという心の内側から湧き出る清らかな思いを起こしてもらうことに意味があります。そういう思いを出すことで、その方に功徳が積まれるとされます。

もしお金を出したことで、取られたという気持ちや、出すんじゃなかったという後悔や、自分の方が多く出したから偉いのだという自分を誇る気持ちが起きるようなら、それは執着を増大させたのであり、その布施には全く功徳はありません。

布施の勧進は、信者の方に執着を断ち、悟りを高め、功徳を積んでもらう行為なのです。だから宗教ではそれを尊いこととされてきたのです。


仏教では、その点は極めて厳格であり、三輪清浄が布施の条件とされてきました。不浄なる布施は受け取らないし、受け取る側は執着を断った心で受け取ることを要請されました。それが布施を受け取る側の修行でもありました。

しかしながら、今のK会を見ていると、完全にそうした宗教的な心の修業の側面が消えてしまい、ひたすらお金を集め、目標数字を達成することに必死になっているとしか見えません。しかも布施を通じて悟りが増大するのではなく、執着が増大しているので、完全に邪教化していると判断しています。

 最近あるK会の信者の方に聞くと、子供の学校のお金が払えないのに布施をしたとか、借金を重ねている人にも植福の要請が来たのでしたとか、そうした悲惨な話が相当聞こえてくると言います。お金ばかり言われるので、支部に行けないという人が増えているのがわかります。それでも電話で1万円、5000円と布施を呼びかけてくると言います。

 つまり教団全体が「搾取的態度」に陥っているのです。在家で布施をし続けていると、布施をしない人を見たときに裁くようになります。「あの婦人部長はまだ貯金があるのにそれを出さない」とか、「この人はお金があるのにこれだけしか出していない」と言って、裁くのです。その奥には、「自分がこれだけお金を出して生活を切りつめているのに、生活の余裕や老後のたくわえをきちんと残している人はけしからん」という気持ちがあります。悲しいことですが、これが現実です。これは言葉を変えると「自分が布施して貧乏しているので、ほかの人も貧乏にしたい」という心理であり、これは嫉妬心です。嫉妬心が増大していくのです。

 だから、誰も繁栄できないのです。信仰すればするほど貯金はなくなり、貧乏になっていきます。平等に貧乏になっていきます。これは共産主義と極めて近いのです。富める者、お布施をしていないで豊かな信者への嫉妬心が働いてしまうのです。これはまさに共産主義の心理と酷似しています。そして豊かに繁栄するのは教祖とその側近たちという特別な存在、宗教エリートということになると、まさに形を変えた共産主義そのものです。

 私は、K会は思想的には共産主義を否定しているにもかかわらず、行動原理や組織の原理はきわめて共産主義的な団体であると思います。ユートピアを掲げた全体主義がそこに垣間見えてきます。そこに搾取的態度が出るのは当然と言えば当然です。こうなると教祖や職員の自己愛性パーソナリティー障害の問題は、すでに社会問題にまで発展していると言わなければなりません。

(括弧内の引用は岡田尊司著『パーソナリティー障害がわかる本』(法研)からさせていただいています。)
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1 件のコメント:

  1. <読者からコメントをいただきましたので、ご紹介します>
    現状では、K会に限らず我欲の為に他を犠牲(利用)にする方は多いのが実感です。
    物質至上主義が未だおおっていると思います。
    私自身、こういうことで嫌な経験を多くしてきています。
    職場に限らず、学校のいじめもそうでしょう。陰湿さが増しています。
    老後の心配もしなくて良いと教祖は書いていました。要は引き上げてくれるということです。これも間違っていると思います。

    こういうのを正していくのが、霊性を広げ、天国地獄を分けることを教え、真なる与える愛の大切さを告げ知らせるのが、K会であったのでしょうが、今やK会が我欲の温床になっているのは情けない限りです。
    しかし、教義に欠陥が有る以上、成しえなかった事も事実です。

    世界、このままの現状が続くとは思えないですね。何かが起こってくるような気もします。

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