2013年4月15日月曜日

<心の探求シリーズ7>隣人を愛するということ


恐怖心の克服のために

 

恐怖心というのは、宗教的な洗脳の呪縛から逃れるうえでどうしても克服すべき課題です。

恐怖心に縛られると、間違った宗教から解放されません。

つまり、恐怖の怖さは、恐怖した事柄を引き寄せてしまうことなのです。

恐怖心の根源には往々にして非常に深いものがあります。

過去世で迫害されたことから来る心の傷もその一つです。

それがさまざまな恐怖心と結びつき、逃れ難くすることがあります。

恐怖を克服するものとして、愛があることにAさんは気が付きました。

そして「愛」は、実は人間を超えた視点を獲得することから始まる。

そんな発見をAさんは語ってくれました。

それは心の奥に問いかけることで生まれた認識です。

 

Aさんからの投稿)

 

私が以前に入信していた宗教団体では、中国や北朝鮮からの侵略を訴え、信者に必要以上に不安と恐怖心を植え付けていました。

私がしばしば不安と恐怖にさいなまれるのは、この影響が大きいことがわかってきましたが、もう一つ、過去世にて迫害されたことの影響も大きいこともわかりました。

ただ、中国や北朝鮮からの侵略の恐怖感を宗教ですり込まれたため、これをきっかけとして過去世の記憶が呼び出されて、不安と恐怖に一層拍車をかけているのではないかと感じます。

そこで、迫害されたことへの想いの克服、中国や北朝鮮への不快な感情をどうすればいいかを、今までのように、心の奥に問いかけてみました。

すると、「隣人を愛せよ」という想いが湧いてきたので、

どういうことかをロール・レタリングを行ってみました。

 

(隣人を愛せよ、とは?)

 

本来、敵味方は存在しないのです。ただそこに縁ある人々がいるだけです。

そして、お互いに学びあっている

敵味方と見えるのは、単に人間の目で見ているから。神の目から見れば、互いに学びあい、励まし合いながら、ぶつかりあって生きている存在がそこに見えるだけ。お互いに学びあい、刺激し合いながら生きているのです。

だから、神の側からみれば、『互いに愛し合え』すなわち『隣人を愛せよ』

となるわけです。

だから、過去世において侵略という行為を経験したけれど、それを通じて、お互いが学び会っている。そこに確かに不幸は存在するけれど、そこに学びあい、生かしあう余地もあるということ。神の側から見れば、そのように見えるのです。

だから、自分たちを害するのは『敵』で、愛するに値しない存在だと想わないでください。彼らにも神の目は注がれている。遠くから優しい目でお互いの幸福や発展を願って見つめている。

だから、あなたは神の側に立ちなさい。神の側から見る目を持ちなさい。

神の側から見る目を持てば、お互いを愛し合えという意味がよく理解できます。

そうした目で、前世のことを振り返り、自分はどうすべきだったのかを見つめてください。そのことが、今世で生きてきます。

隣人を愛せよ』とはどういうことか。

あなたは今、中国や韓国に大変不快な感情を持っているが、神の側から見たらどう見えるか。その目を持って、どのようにとらえていけば良いか、じっくりと考察してください。

頭で理解しようとはせずに、心で感じとってください

あなたは、すぐ頭で理解しようとするクセがあるからね。

前に入っていた宗教でもそうだったでしょう。

書籍を読んで、講演を聴いたりして、そこで知識としてはわかったつもりになって、それで悟ったつもりになっていたのではないですか。

肝心の、心で感じて理解するということができなかったでしょう。

まあ、それがあの団体のカルチャーだったのですから仕方ないのですが、その時に得た「心のクセ」を早く取り除くことが必要です。

ですから、頭で理解するのではなく、心で深く感じとってください

そのことで得た神の側から見る目』で見ながら生きていくこと。これが大切になってきます。

不動心を得ることは、心の王国を得ることと直結してきます。

それから迫害の呪縛からも解き放たれるでしょう。

ですから、しっかりとやってください。」

 

以上、このように中国や北朝鮮、ひいては迫害をした者に対して、どのように向き合うかという課題を与えられてしまいました。

「隣人を愛せよ」という観点は、恐怖や不安で支配された自分にとっては、考えてもみないことでした。それが、心の中から「隣人を愛せよ」という思いが出てくるのですから、全く不思議です。

また、「頭で考えずに、心で理解せよ」ということは、少しショックでした。前の団体にいたときに、書籍を読んで悟ったつもりになっていい気になっていた自分にとってはとても耳が痛いです。

与えられたヒントをもとに、心で深く考察し、感じとることによって、

初めて自らの問題が解決するということであろうかと思います。

もう少し高い視点から物事を見ないといけないということですね。

 

(コメント)

 

ここでAさんが行った手法は、まず恐怖心と向き合うことです。

そして恐怖心の原因を見極めようとしました。

その時に「隣人を愛せよ」という思いがわいてきたことを知りました。 

 そこで、そのインスピレーションの送り手である心の奥の自己と、ロール・レタリングの手法で対話しました。

そして一段高い視点からの認識を獲得しました。

これは一段高い認識を獲得していく上で、誰もが使えるプロセスだと思います。

 

 

 

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