2013年4月14日日曜日

<心の探求シリーズ6>心の奥にある英知


この世的な成功をどう考えるか

 

この世的な成功を求める心と、第一義のものと、その兼ね合いをどうとらえていくかというのが、このテーマです。

それにしても面白いのは、どうしようもない不安と恐怖」という迫害されたときの過去世の抑圧をまざまざと感じとり、吐き出したのちに、その正反対の「感謝と喜びとすべてのものを幸福にしたいという意識」があふれ出てきたという体験です。

心は本当に不思議です。

さらにAさんにとっての「高貴なる存在」とのロール・レタリングでの対話では、「心の王国をつかみ取れ、それが不動心であり、そこから真の愛がうまれ、恐怖が克服できる」というメッセージを受け取っています。

この世的なる成功は、あるに越したことはないものではありますが、真に危機の時には第二次的なものとなるのでしょう。

では第一義とは何か。それはわれわれ一人ひとりが熟考しなければならない問題のように思います。

 

Aさんからの投稿)

 

 前にもお話しましたが、実は数年前、ある宗教で受けた反省研修で、このようなことがありました。

反省は順調に進み、両親をはじめ縁ある方々への感謝が深まり、心の中ではかなり透明な感触をつかんでいました。

このままいくのかと思いきや、突然胸の奥底からわき上がってくるものがありました。涙が止まらなくなったので、仕方なく禅定部屋からトイレに駆け込みました。

「反省の涙」かと思ったのですが、そうではありませんでした。涙と震えが止まらず、心の奥から「なんでなんだあ~、どうしてんなんだあ~」という悲鳴にも似た叫びが聞こえました。

どうしようもない不安と恐怖が襲ってきて、自分の中で何が起きたのか全く見当がつきませんでした。

今思えば、これは先日発見した迫害されたときの意識であったと思います。このときは、反省研修で表面意識がかなり透明になったときに潜在意識からストレートに伝わってきたので、かなり強烈なものでした。

そして、心の中の「迫害されたときの想い」をドッと出しきったあと、次に全く逆の感情が出てきました。

とても感謝に満ち、喜びに満ち、すべてを幸福にしたいという、とても強い感情が心の中からわき上がってきたのです。

全ての人が重々無尽につながっており、神と私達とは一体である、といった自他一体の感覚をはっきりと掴むことができました。

今までに感じたことのない強い善なる想いだったので、「こうした聖なる想いも自分の中にあるのか。」と大変不思議に感じていたのですが、そのあと次のような言葉が心の中から響いてきました。

 

今世の自分にとってのテーマは『愛』である

この『愛』を、いかに純粋化できるかが、今世の自分の修行課題である

 

これらは、自分では全く考えてもいなかったことだったので、少々戸惑ってしまったのを覚えています。

「自分はこの世的に成功して、自分が幸福になる中で、まわりの人も幸福にして・・・、金銭的な豊かさをこの世に体現するのだ!!」

というのが、当時の自分の考えであったからです。

そのインスピレーションを下ろしてくれた『高貴なる存在』は、あまりにも高貴すぎて、自分のようであるようで、とても自分のものではない、という感覚でした。もしかしたら、「愛の神様」が私に伝えてくれたのかもしれません。

そうだとしたら、非常にありがたく、おそれ多いことです。

 

昨日のカウンセリングの中で発見したのですが、自分の心の中には、

「前世の修行課題として、もう少し世俗的な成功を求めないと、最終的に幸福にならないのではないか」という想いがありました。

その部分を確認したくて、ロール・レタリングを行ってみました。

感覚的に、何となくロール・レタリングがうまくいきそうな感じがしたので、ちょうど良いタイミングと思いました。

この反省研修のときの「高貴なる存在」を意識し、今も私とともにいるということを信じて、心の中で「高貴なる存在」に問いかけてみました。

以下、会話の流れです。

 

前世の修行の課題というのは、何だったのでしょうか?)

 

「あなたが辛い目にあったのは、心の自由を知るための方便であった。

この世というものは、あの世的なものに比べれば、あまり意味はない。

この世で何があろうとも、心の自由をつかむこと、心の王国を守ること、

それがある限り幸福となれる。この世は、あってなきが如し・・・。」

 

(でも、この世で不幸であっては、最終的に幸福とならないのではないでしょうか? 実際、この世をきっかけとして、様々な不幸が起きているし、地獄に行く人もいるではないですか。 この世的な幸福は、心の調和を保つために、ある程度必要なのではないでしょうか?)

 

「この世の幸不幸は、その人それぞれの感じ方の問題です。

この世で不幸な出来事があったとしても、それぞれの感じ方は違います。

そのような不幸と見える世の中であっても、人々に『愛』を与えていく余地はあるはずです。

いや、むしろそうした世の中だからこそ、発揮される愛もあるのです。

幸福な人生、満ち足りた人生の中で、愛を発揮するのは、たやすいことです。

辛い中、厳しい中でこそ、愛を発揮することが、本当に大切なことではないでしょうか

勘違いしないでほしいのですが、あなたにとって必要なことは、辛い中、厳しい中での『愛』を発揮すること。それがあなたの修行でもあり、そうした中でこそ、多くの人が救われるのではないでしょうか。

それが、大いなる救いとなるのではないのですか。」

 

(しかし、この世的な成功も必要なのでは・・・。)

 

「それも一つの方便としてあるでしょう。確かにそうしたやり方もあるけど、

本当に大変な世の中になれば、そんなことも言っていられないでしょう。

それこそ、たとえば、この日本が侵略されるというような事態になったら、そんなことは通らないでしょう。

その前(前世の時)もそうだったではないですか?

本当に大切なことは、そうした中での救いなのです。

そうした危機的な状況の中で、人々は何を求めるのでしょう?

心の支えを求めるのではないでしょうか?

そのような中での救いこそ、本当に必要なのです。

あなたが獲得しなければならないのは、そうした中での救いの法なのです。

それが本当に危機の中においての『心の支え』であり、『よりどころ』なのです。」

 

(この世的な成功については、どのように考えていったらよいのでしょうか)

 

「両方求めて行きなさい。そちらも大切なことはわかっています。

でも、そちらはほどほどにして、ある程度の知識獲得は大切ですが、

本業をおろそかにしないでください。心の修行を忘れないで。

何が大切か、もう一度よく考えて、いや、感じてください。

感じとることが大切なのです。」

 

(不幸を呼びよせる、という心の傾向をなくしたいのですが・・・)

 

「心の中、心の想いがすべてです。心の中に、その部分を見つけたのならば、

それを取り除いてください。不幸を呼び寄せるのは、良くない心。

透明に、光り輝くあなたであってください。」

 

(では、どのように、これから心の修行をしていったらよいのでしょうか?)

 

心を見つめて。心の王国を感じて。自分の中にある心の王国をしっかりと感じて、そして、つかみきってください。

あなたにとっての『心の王国』は、今はボヤ~ッとある感じでいるけど、

もっとしっかりと感じることができれば、もう少しリアルに、しっかりとした

感じでつかむことができます。

そこまでいかないと、少しのことで、揺れ動いてしまいます。

この前(前世)は、『言葉だけの理解』でした。『心の王国』を心で掴むことができなかったために、恐怖に支配されてしまうような事態になったのです。

真理を伝えたことは伝えたけど、表面的な部分の理解であったため、あまり深く『心の天国』を自分のものにしていなかったのです。

心の王国は、すなわち『心の天国』です。それをつかんだものが、不動心を得、

この世的な不幸にとらわれない生き方ができるのです

私が『何をあなたに伝えたいのか』、『どうしてほしいのか』をしっかりと感じとってください。

私は常にあなたと共にあり、あなたを見つめています。

だから安心してください。困っているときはいつでも私を呼んでください。

私は常にあなたと共にあります。

それを信じて、これからを生きてください。」

 

(表面意識で)想っていたことと違う答えが返ってきました。

それでもまだ「この世的な成功」にとらわれてしまう部分もあるのですが、

優先順位を考えてやりなさい、ということだと感じます。

確かにそうかもしれません。危機の時代では、この世的な自己実現は何の意味もないかもしれません

心の対話を終えて、「確かにそうだな・・」と深く考えてしまいました。

次の時代に向けて、しっかりと心の修行をしなさいということなのでしょう。

がんばります。

 

(コメント)

 

「この世で辛い目に遭うのは、心の自由を得るための方便です。」

「幸福な人生、満ち足りた人生の中で、愛を発揮するのは、たやすいこと。辛

い中、厳しい中でこそ、愛を発揮することが、本当に大切。」

「心の王国は、すなわち『心の天国』です。それをつかんだものが、不動心を得、この世的な不幸にとらわれない生き方ができるのです。」

これらの言葉は、いずれも深い含蓄のある智慧の言葉です。

心の奥いところとの対話が始まると、英知との出会いがあるようです。

 

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