2013年4月13日土曜日

<心の探求シリーズ5>罪悪感を探る


自己処罰感はどこから来たのか
 
AさんはKKの元信者でもありました。
Aさんが1年以上にわたって心を探求してこられ過程は、KKの影響を取り去るのに必要な時間でもありました。
またKKでは変われなかった自分の課題を、乗り越えるプロセスでもありました。
心の変容過程を詳細に記述してくださるため、読者の自己探究にお役に立てると思います。
 
さて、今回は「自己処罰感情」の問題です。
この感情のために、Aさんは素直に自己肯定の構えが持てないで苦しんでいました。
また、一方で他者否定の構えも根深くありました。
どこかで他人を信頼できない自分がいるのです。
そういう自分を見つめるときに、Aさんは「自分の影」を発見しました。
影との対決」の始まりです。
  
Aさんからの投稿) 
 
先日の報告から、しばらく経過しておりますが、その間、インスピレーション的なことは止まってしまいました。
自分の中の「私はOK、あなたはnot OK(自己肯定、他者否定の構え)の部分を見つめることを試みようとしてから、どうも、自分心の中からの響きがなくなってきてしまい、自己カウンセリングがうまくできなくなりました。
また、「私はOK、あなたはnot OK」という意識は、いわゆる「自我」の強い意識でもあり、このような悪い思いが浮かんでくるということは、もしかしたら、何か自分に取り憑いているのだろうか、と疑うまでになりました。
ただ、いろいろと試してみて、何となくわかったことは、
「この部分は、自分の影の部分・・・」ということでした。
先日の講義の中で、「極端な経験をすると、その反動で反対の性格として現れることがある」ことを取り上げておりましたが、過去(もしくは過去世)において、何か心に強いショックを受けたことにより、その反動でこうした意識が出ている可能性もあるように感じました。
どうした理由でこのような現象が起きるのかは、自分としてはいまいち不明確でありましたが、とりあえず、ご指導通り、自己カウンセリングを続けてみました。
 
数日して、出てきたのは、相変わらず、「漠然とした不安感」でした。
車に乗っているときなどに、心に問いかけをしていたのですが、
 
「思っているだけじゃダメ。絵に描いて。文字に描いて。
 吐き出し作業は、必ず、形に出して『はき出す』こと」
 
という思いが心の底から響いてくるので、出来る限り,絵や文字に描くことを心がけました。
 たわいもない文書が相変わらず、「不安だ」、「先が見えない」といった文書が、
つらつらと綴られてはいましたが、
「それでは自分はいったい何をしたかったのか。人々を救いたかったんじゃないのか。」
 
と、心を落ち着かせ、心の奥に静かに問いかけてみました。 
すると、次のような思いが響いてきました。
 
「救いたかった。救いたかった。
 でも救えなかった・・・。
 本当に救いたかったんだ。でも救えなかった。」
 
突然、非常に強い想いが、心の中から突き上げてきました。
涙が止まらなくなり、そのまましばらくうずくまってしまいました。
 どうしようもなくやるせない想いや、何ともいえない無力感、絶望感や、自己処罰感など、自分にあるマイナス要素がここに凝縮されて押し寄せてくる感覚を感じました。
もし自分が過去世において宗教者であったのであれば、この思いはたとえようのない程の悶絶の極みでしょう・・・。
最初のカウンセリングで、エンプティチェアという療法を用いて、過去の自分と対話をしたときに、過去に傷つけた人に対して「ごめん、ごめん」という言葉と涙が止まらなくなったことがありましたが、その時の気持ちと重なりました。
今までのことから推測するに、この「自分の影の部分」に凝縮された意識なるものは、過去世において、信仰を広げたことによって人々を不幸にしてしまったということ、結果として人々を信仰によって救えなかったということに起因しているであろうことがわかりました。
 この「救えなかった」ことに対する心のキズや、自己処罰感は、相当深いものであることがわかりました。
今でもそのことを思い出すだけで、ものすごくつらい悲しみが心の中から伝わってきます。
 でも、もう許さなければいけないのかもしません。
許さなければいけない時がきたと思います。
ようやく、今までの縛りから解放されるときがきたのでしょう。
 
また、このようなことも心の中から伝わってきます。
 
「もう少し自分に力があれば人を救えたのに・・。
 自分に力がないから。もっと、力があれば・・。
 力がほしい。人に影響を与えられるような力がほしい・・・。」
 
ここに、「私はOK、あなたはnot OK」(自己肯定、他者否定の構え)カギを解くヒントがありそうな気がしています。
 
 (コメント)
 
自分を愛するには、自分を許さなければなりません。
 
自己処罰の心は、自分を不幸にすることで、償おうとする気持ちです。
 
そうしてそういう気持ちが起きるのか。
 
 今世の経験だけでは理解できない場合、深層潜在意識にある過去世の心の傷が、
 
心に影を落としていることがあります。
 
それに気が付くことが、癒しのスタートです。

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