2013年4月28日日曜日

<心の探求シリーズ17>不安の本質をつかむ




 自分の「影」との向き合い方

 

Aさんの深層潜在意識との対話は、内容がさらに深くなっていきます。

不安の本質と克服について。

自分の存在価値への不安の対処法。

ありのままの自分を愛すること。

そうした課題について、Aさんが問いかけ、心の奥にある自己が答えます。

非常に深い内容なので、じっくりと考えながら読んでいただく価値があると思います。

 

Aさんからの投稿>

 
1.      不安と対決せよ、希望の灯をともせ

 
質問 私は感謝行を通して、神の心に近づいていきたいと思います。

どのように日々の修行をしたら良いのでしょうか。

 
回答 まず、不安と感謝の関係について知らねばなりません。不安な心がある時、感謝の心を持つことはできません。逆もまたしかりです。ですから、今、心の中が不安で満ちているなら、感謝の心を持つことはできません。

「自分はなぜ感謝ができないのだろう」と悩んでいるでしょう。その理由は、心の中に不安を持っているからです

ですから、まずは不安との対決をしなければなりません。不安というものは得てしてこの世的な感情です。しかし、不安をいつまでも持っているべきではありません。不安は実在するものではないからです。本来希望しかないということも前回述べたとおりです。本来は希望に満ちた存在であること、そして、絶望というものは希望の不在ではないということを思い出してください。

 まず、ゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせることです。本来の希望に満ちた自分のイメージをしていくことです。これは自己暗示によって不安を包み隠すということではありません。希望のみを意識することによって、不安を潜在意識下に押しやるということではありません。

光、明るさをはっきりと示すことによって、不安というものがより一層はっきりと浮かんでくるのです。心が闇のように暗い中では、なかなか不安の輪郭も見えてこないのです。そう、不安を心の中に押し込めるのではなく、光を当てることによって、をはっきりと浮き立たせるということを意識してください。さすれば、不安というものは、自分が意識していたものとは比べ物にならないぐらい粗末で小さなものであるということがわかるでしょう。

 そうなのです。(自分は)小さな不安というものが、壁に映し出された大きな影の姿を見て、それを実在だと思っていたのです。小さな不安というものが、壁に大きく映し出された姿をみて、「なんと大きなものであろう、なんと手ごわいものであろう」と思っているのです。

 さあ、希望の光を高らかに照らし出してごらんなさい。周りは明るく照らされ、そこに現れたものは、本当の小さな姿を照らされ、小さくおびえている「不安」を目にすることでしょう。そして、なんと小さなものに自分は踊らされていたのか、と思うことでしょう。

 このたとえがわかるでしょうか。不安とは、たとえていうなら、このようなものです。そして、希望の光を自らのうちに灯すことによって、不安というものは恐れおののいて消えていくものなのです

 まず、このような方法によって、心の中の不安を追い出してください。心の中の不安の正体は、今までのカウンセリングである程度知ることができました。

 そして、次の段階として、その不安の克服があります。もうすでに心は癒されているのです。足りないのは、心の中の光です。心の中に光がないと、いくら癒されても、心の中の不安は消えないでしょう。心の中に光をさしていくことです。そうすれば、心の中の不安は消え、おのずと感謝の思いがふつふつとわいてくることでしょう。

自分は神仏の子であることをしっかりと胸に刻んでいくことが、心に中に光を照らすことになるのです

今述べたことをよくよく繰り返し思い返して、段階をおって修行をしていくことです。

 
 
 2.自分の存在価値の基準
 

 
質問 私は、人と比較して、自分をさげすんでみたりすることがあります。でも自分としては、非常につらいことです。どのように直していけばいいのでしょうか。


回答 根本にあるものは自己不信です。自分を見失っているのです。自分は一体何者なのか、どのような存在なのか。その答えを決めあぐねているのです。

 心の根本にあるものは「不安」です。自分の存在価値が確立できないでいる。その不安なのです。ちょうど浮き草のように水中をさまよっている状態とでもいいましょうか。

心は、しっかりとした足場をほしがっているのです。なぜ不安なのでしょう。生まれたときのトラブルもあるでしょう。過去世における体験も影響しています。

この世に生まれてくると、すべての記憶を失います。ゼロになった状態で、人々は、自分は何者であるかというアイデンティティを求めます。どんな人であれ、自分は何者なのかという自分探しをします。そのなかで、自他を意識し、他人の評価の中に自分の存在価値を見出していきます。大多数の人はそのようになるのではないでしょうか。そうした中で、自他を比較し、時には嫉妬の炎を燃やしてみたり、優越感にひたってみたり、自己否定してみたりと、自分をあの手この手で傷つけるようになったりします。それは、自分の存在価値を、この世的な尺度や他者の評価に求めてしまった結果なのです

さすれば、一体自分の存在価値をどこにおいているのかを反省しなければなりません。その価値基準があいまいになっているのではないでしょうか。もう一度よく反省してみることです。
 

質問 自分の価値は、他人の評価にあったのではないかと思います。生まれたとき、母から十分な愛情を受けずに、自分の存在価値を見失い、そのトラウマがずっとつづいていると思います。

 
回答 確かにそれは大きく影響していると思います。

しかし、なぜそのようなことがあったのかを考えないといけません。人々の苦しみも、実は同じようなところにあるのです。この世の人々もまた同じように、本当のアイデンティティを確立できないでいるのです。この世的な尺度に依存している限り、本当に信仰に基づいたアイデンティティを確立するのは大変難しいからです。

(自分は)強い劣等感にさいなまれもしているでしょう。それを克服するには信仰の力が必要となります。ただ、信仰を持つことにかなりの不安があるのではないですか。過去いろいろな苦しい体験をしてきましたからね。でもそれを乗り越えていかないといけません。雲を突き抜けて、太陽の光を浴びなければいけないのです。

 
3.弱い自分を愛する

 
質問 では具体的にどうすればよいのでしょうか。私は、そこを知りたいのですが・・。

回答 ですから、自己確立の部分です。それは人の話を聞くよりも、自分でつかまなければなりません。自己確立への道は、悟りへの道でもあるのです。それは、「自分とは何か」という問いへの探求であるからです。真の自分を発見するためには、神への探究心が必要であるのです。

今の自分は、ニセモノの自分であることを感じていることでしょう。自分はそのように弱い存在ではないことも、頭の中ではわかっているでしょう。たしかに、神の子はそんなに弱い存在であるはずはありません。神の子が、他人と比較して、劣等感にさいなまれるような存在であるはずもありません。

自分の弱さに嫌悪することもあるでしょう。しかしそれを克服したときに、その弱さであった部分は、他者への愛、慈しみとして生かされてくるのです。ですから、その弱さを嫌がらずに、しっかりと「受容」しなければいけません。まずはじめに、しっかりとそういう弱い自分を受け止めることからはじめるのです。

自分の本質は「光の子」であるということは明らかです。そうしたことを自分の中に腑に落としながら、そうした弱い自分を受け入れるのです。弱さを愛に昇華させることが大切であるからです。

まず自分を愛してください。そうした不完全な自分というものを愛してください。限りない神の目を持って、やさしく包み込んであげることです。そうすれば、自分の心は癒され、光に向かって進むことができるでしょう。

そこにいる自分は、かつての劣等感に打ちひしがれた弱々しい自分ではありません。人の心の痛みを知り、そしてそれをやさしく包み込める愛深き神の子としての自覚を持った自分がいるのです。

自分を愛し、慈しみを持つ心。それは必ず他者へと向けられていくことでしょう。

そして、次のステップが待っているのです。

どうか力強く進んでください。
 

質問 自分の本質は神の子であるということを忘れずに、まずは現状の自分を受け入れることから始めよ、ということですね。自分を愛せないものに他人を愛することはできないということですね。まずは、今の自分を受け入れることからはじめてみます。

 ありがとうございました。

  
今回のロールレタリングでは、自分が恐れている「不安」の正体が、光に照らされて恐れおののいている姿が、強くイメージの中に浮かんできました。「恐怖心」や「不安」というものも、実は、その「影」を見て、私達はただおびえているのかもしれないということを教えられたような気がします。

先日、カウンセラーさんに『ゲド戦記・影との戦い』という本をご紹介頂き、読ませて頂きました。少年本ながら、とても奥深く、参考になる本でした。主人公が、自分から生まれた「影」から逃げずに、それと立ち向かっていく姿は、まさしく自らの「恐怖心」や「不安」と対峙し、受け止めていくということの大切さを教えられました。

①自らの「」から「恐れ逃げる」のではなく、「真正面から対峙」し、

②自らの光を強くすることにより、「影」の存在をただ単に「消す」のではなく、しっかりと「正体を認識」し、

③「裁く」のではなく、しっかりと「受容」する、

というステップが大切ということであろうかと思います。

そうして、より「愛深き」自分として成長することができるということであろうかと思います。今自分が抱えている問題も、より高く成長するための砥石であるということですね。そのために今世での修行があたえられているのだと思います。

こうしたこの世での仕組みの中に、深い神の愛の御業を感じるのは、決して自分だけではないと思います。これも「感謝」と「許し」に必ずつながっていくものと感じます。

 

<コメント>

「感謝できないのは不安があるからだ」

「希望の光を心に灯して、恐れずに不安と向き合え。ちっぽけな不安の姿が見えてくる。」

「自分の存在価値を確信するには信仰の力がいる。」

「弱い自分を受け容れ愛すること。不完全な自分を愛すること。」

いずれも非常に深い内容があります。心のコントロール法として十分に通用する内容だと思います。

またAさんのロールレタリングに関するコメントは、自分の影との向き合い方について、深い示唆を与えてくれています。

「自分の光を強くして、影を消すのではなく、その正体をしっかりと認識する」という言葉は、Aさんの体験と内心の声からにじみ出た言葉です。

 

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