2013年4月18日木曜日

<心の探求シリーズ10>心の奥なる部分との対話



自分を許し、人を許す

 

自分の人生は失敗ではないのかという思いは、非常に苦しい思いです。

しかし、失敗は単なる失敗ではありません。

そこに学びがあり、次なる心の成長への素材があります。

失敗を成長の素材にするためには、自分を許すということと、人を許すことの二つが必要です。

心理学が教える「受容」は「許し」をもたらします。

「心の奥の部分との対話」(「自己との対話」)をしながら、許しの重要性について考えを深めたAさんの投稿をご紹介します。

 

Aさんからの投稿)

 

毎回の授業につきましては、おかげさまで、大変良い勉強をさせて頂いております。心から感謝しております。

今回の授業の後、帰宅途中ではありましたが、自分の心の奥の部分とロール・レタリングをしてみました。

 

「あなたは、この世に執着することの愚かさを学びました。

人は、どうしてもこの世に執着してしまいます。

その執着の思いを断ち切ることは、決して楽なことではないでしょう。

でも、それだからこそ、この世に生きる意義があるのです。

この世で心を鍛えたことは、必ず魂の糧となるのです。

失敗もしかり。この世は成功することよりも失敗することの方が多いでしょう。

でも、失敗なくして成功などあり得ません。

ですから、失敗をいつまでも引きずる意味も、またありません。」

 

(私は前世においては失敗の人生だったのでしょうか?)

 

「ですから、失敗を気にする必要などないのです。

死んで地獄に落ちることもあるでしょう。

でもそれで全てが否定される訳でもないでしょう。

神は、長い目で人間を見ておられます。

人間の目では永遠に感じる時間も、神から見れば一瞬の出来事かもしれないのです。ですから、あなたも長い目で見る眼を持たねばなりません。」

 

(人の愚かさを感じることについてはどうですか?)

 

「この世では、盲目なのです。ある意味で、仕方がないことかもしれません。

人間(あなた)の目から見れば、とうてい腹立たしく感じられることもあるでしょう。

それは、人間としての見方、つまり同じ位置(心境)に立っている見方なのです。本人は高い視点から見ているつもりですが、気持ちとしては、同じベクトル上で見ているのです

なぜ、神は人を『許し』たもうのでしょうか。なぜ、『許し』が必要と説かれているのでしょうか。それは、神の目から見たときに、もう『許し』しかないからです。あなたも、神の目を持って見ようとしてごらんなさい。

私の言っていることがわかるでしょう。

心境を高くして、決して上から目線ではなく、『感謝』の念を深めて、自他一体の感覚になったときに、周りを愛してやまない自分を発見することでしょう

あなたは、以前に一度体験しているはずです。あの感覚を早く思い出しなさい。

あなたには、人を責める心など、微塵もなかったはずです。

ただ『感謝』につつまれている自分、人を愛したくて、愛したくて仕方がない自分。全てが一体であるという感覚と、神と自分とはまさしく同じものできているという感覚。そう、あの感覚を取り戻してほしいのです。

その感覚でもって、生きてほしいのです。

私は、あの時、あなたをそのように導いたのです。あなた本来の心を取り戻すために・・。そこに『許し』の意味が込められています。

人を『許す』ということは本当に尊いものです。

決して弱いものではありません。とても強いものです。それは、神の御心そのものだからです。

本当に人を『許す』ことが出来たとき、あなたは神と共にいるといっていいでしょう。本当の意味で、神と共にあるのです。

それが今、あなたに求められているものです。」

 

ここで終了しました。

ちなみに、「以前に体験したこと」とは、例のある宗教の反省研修のときのことです。この宗教にも学ぶべきことはありました。

山籠もりするのではなく、仕事をしながらの今の環境で果たしてさらに心境が上がるんだろうか、という思いはありますが、決して妥協してはいけないのでしょうね。現実の物質世界の中に生きている中で、いかに精神世界に目覚めていくかということが大切なのだということであると思います。

過去世の生き方がどうであれ、それを糧として、今世に生かしていくことが大切であるというメッセージであったと感じました。

その中で大切なのは、過去の自分が如何に間違った思いを持ったり行動をしたとしても、授業の中で何度も教えて頂いたように、それを決して「裁かずに、受容する」ことが大切であると思いました。それが、自分を『許し』、そうすることで『他者への許し』へとつながっていくのだと思います。それが本当の意味での「愛の発展」であるように感じます。

今回のロール・レタリングを通して、こうしたことを強く学んだように思います。これからも、自分を信じて、がんばっていこうと思います。

 

(コメント)

 

自灯明という仏教の言葉がありますが、Aさんは自分の心の奥の部分と対話しながら、自分の歩むべき道を少しずつ見つけていかれているように思います。

しかもそれを、現実の多忙な仕事をしている中でやっていく。

これが現代人の修業のスタイルなのではないでしょうか。

心修業は、何も宗教の専売特許ではありません。心理学の手法には心の成長、心の変容をもたらす方法が隠されているからです。

 

 

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