2013年1月25日金曜日

投稿・私は退会を決意しました。

マインドコントロールをどう解除すればいいのか


(紹介)

20年来の会員が退会されたというメールをいただきました。

自分のマインドコントロールを解いてこられた知的営みが、詳細に書かれています。

特に後半部分で自分の内なる神を信じるという部分は感動的です。

一つの意見として参考になると思い、ご本人の了解を得て紹介させていただきます。

(投稿)

私は、退会することを決意しました。種村氏、多くの批評者方々のお陰です。心より感謝申し上げます。今考えますと、1996年後期に、私は教祖、組織を批判しましたが、それが正しかったのだと思っております。心ある会員の説得によって退会は踏み留まりました。それは自分の責任です。

自己を「仏陀
といつわる大川氏は、恐らく生地獄にさらされ、日々苦しみの渦中の中に身を焼かれているでしょう近き者に嘘は見抜かれ、欲望の為に利用され、欲望の濁流に飲み込まれ、支配欲、金銭欲、名誉欲、あらゆる欲望に支配されているでしょう。その反面、全てが崩れ去る恐怖に怯え、快楽を心のより所となし、恐怖支配を旨として、恐怖で人心を惑わし、恐怖の予言、政治で人を支配しようとする、全て自己保身の表れでしょう。
教団は悪魔に支配されていると思われます。何故に教団には悪霊、悪魔が常に付きまとうのか、それは、教団が悪魔に支配されているからでしょう。故に組織は、「裁きと金」という果実を生んでいるのです。そして、嘘に気づけば、熱心だった方は恐怖におののくことになるのでしょう。しかし、私は運よく、ほんとんど恐怖はないのです。大切なのは、説かれた法であって人ではないからです。法に致命的な誤りがあれば、最高神の法ではないからです。
会員の中には、盲目に信じている人も多いでしょうが、極めて冷静な人も多いです。「宇宙の根本仏」と言い出した時点で、信じられず疑問を持ち続けている人も多いのです(本音では心から信じていない)。私の友人で、盲信状態の人もいます。そういう方全てとは言いませんが、私の場合、「危機の時代だから世界を救っていく」などと言いながら結局は、「自己陶酔」をしていただけなのです。そこには、世直しの心の反面、信仰上の欲があるのです。自分が光の天使になりたいのです。仏のお役に立てて活躍すれば、例え平凡な者であっても、高次元霊格になれるのだという「」です。つまり、高尚な志が自分が菩薩になりたい又は菩薩であるという欲へとすり替わるのです。○○菩薩等、これはその欲に付け入ってうまく利用して、自発的に無理をしてでもお金を出させる巧妙な集金システムです。布施をする側は、「絶対な信頼がある仏のお役に立つ」という大義が表に出るのです。しかし、その反面、己が心を深く見て洞察すれば、欲があったと思っています。

(私は時折、支部長に、「評価はおかしい。一切の評価はいらない」とも言っていましたので、その分は救われています)
 

悪魔の環境でも無私なる愛の想いが人を救うのは事実です。しかし、私はすりかえられた欲望も混っていたので、本来の自分が不在となり、その分はかなり苦しんだのです。やはり、自我の欲が不幸を招くという真理は正しい。

私は、良き勉強をしたと思っています。現実には渡辺真理子氏の言われる通りだと思います。教えに関しては、レベルの差はあれ、良い事項も多いと思います。種村氏の「神の言葉は何者にも侵害されない」、これは真理です。神の言葉はそれ自体が正しいのであり、誰が言ってもそれ自体は正しいのです。ですから、総裁が言っても私が言っても正しいのです。悲観がらずにもっと丸く考えても良いのです。「私も見事に騙されたが、良い勉強になった。マインドコントロールされた方の気持ちが良く理解できた。」等々。もちろん、私は経験上(私が洗脳されたのではないが)マインドコントロールの怖さは十分に知っています。ひとつ言いますと、酷いマインドコントロールを解くには、外部と遮断して(情報も遮断)、邪教と同じ色眼鏡でみて、正しい真理真実(聖書、仏典等)と対比させて、一つ一つ解いていかないと解けません。これも経験して始めて解ったことです。

私はここ数日で身内も大体にマインドコントロールから開放し、退会予定です。そんなに酷いマインドコントロールではなかったです。ほんの数日で、今では少しは笑い話しも出ます。楽になったと言っていました。「k会は何だったのだろうか」と考えたり、後悔しても同じです(どうしてもこのように言いますね)。大切なのはその経験を未来に生かすことです。私も20年以上の会員です。信仰上、教義に、行いに、心に我欲があるかどうかです。神の愛をさえぎるものは我欲です。そもそもk会は、初期の頃、社会を良くする為に我欲を廃し無私なる愛の心で、智慧を持って与えていける「偉大なる常識人」になりましょうと、言っていたのです。その為に自己を常に点検し、真理や他の良い書籍を学習し、実践し悟りの向上を目指しましょうと。正に転落の極致です。

しかし、これでいかに「心のあり方」が大切かを天上の神様から教えて頂いたのです我欲は自己や他人を滅ぼしていくことが、身に染みて理解できたと思います。我欲という二文字、それだけでも、インドの釈尊の大切な法を深く学んだのです。イエス様の無私なる愛を与えよという偉大なお言葉、深遠さが痛いほど理解できたのです。神に感謝します。考えてみれば、釈尊やイエス様の教えは、人類を見通したこれ程までに偉大な教えだったのかということが、k会のお陰で痛感できました。ですから、総裁自身も厳しい自己の反省が待ち受けているでしょう。私はK会のように裁きは致しません。悪魔だともいいません。種村氏の想いのように、総裁にも本来の自分に戻って欲しいと思っております。
自分には、神より頂いた大切な心があります。神に感謝です。そして、自分の中の神の心(魂)に感謝をし、愛する事だと思います。それが神を愛する事、隣人を愛する事にもなると思いますこう思って実践していると、不思議と、失われていた自己信頼や上目線が消えてきだし、感謝の気持ちが湧き始め、失っていた心が次々と蘇ってきたのです。神を愛するとは、自分を愛するとは、隣人を愛するとは、感謝とは...全てが解り始めて来ます。だから、非情に良い経験、勉強をしたのです。

今思えば、私が検証しだしたのは、クリスマスの日でした。とにかく、イエス様のことしか心には浮かびませんでした。心の中で、常に祈り続けました。

天上の、主なるイエス様、に心より感謝致します。





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