2013年1月11日金曜日

自己愛性人格障害の視点からの検証(4)依存心が強い



依存心が強い
 



    その背後で、常に深刻な不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。自尊心(プライド)を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。自己愛性人格障害の「臨床像」③)



大川氏自身の言葉やその他いろいろな情報から判断すると、大川氏には外に対して自信満々に強く出る反面、内心では非常に不安や恐怖心が強く誰かに依存的になる傾向があるようです。例えばある時期、大川氏が理事長に任命した人は社会的には一級のエリートだった人ですが、理事長に就任して以来、毎晩のように自宅に電話が入り、お風呂に入っていてもすぐに電話に出るように指示されるので、奥さんが大川氏に強い不信感を持ったと聞きました。これは大川氏のわがままで依存的な一面を示すエピソードでしょう。

しかし、対外的にはあくまでも強気な発言が目立つので、通常は外からはわかりにくい側面です。ですがこの「深刻な不安定感や頼りなさ」という側面は、2009年の総選挙の時に外部にまで露呈されました。大川氏が選挙戦の後半に深刻な不安感を持って、選挙の中止へと判断がブレました。子供たちにたしなめられてようやくやりぬく決意をしたのでは、国師と言うにはあまりにも不安定で依存的すぎるのではないでしょうか。

自分を振り返ってみると、賞賛欲求は自己顕示欲とともに幸福の科学に入って急に強くなりました。生長の家時代にはそれほどなかったのに、幸福の科学に入り講師をするようになって、とても強くなったのです。それまで抑圧されていたものが噴出したのかもしれません。還俗する少し前の時期に、「講師として多くの人からの賞賛を得ているが、私はこうした賞賛なしに生きていくことができるのだろうか」と激しい不安を感じたことを覚えています。賞賛中毒になっており、一種の依存症ではないかと思います

しかし、不思議なもので、一切の賞賛が失われてもなお生きている自分がありました。「それでも生きられるものなんだ」と不思議な感覚がありました。やはり幸福の科学時代の賞賛欲求は異常だったと思います。それが失われることへの不安は大変強いものでしが、それなしには生きていけないという思い込みは、錯覚以外の何ものでもありません。

釈尊は「誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉」は魔の軍隊である、と言われました。(『ブッダのことば』岩波書店)

私は還俗後に自分の名声や名誉が失われていっても、「これは誤って得られたものであり、本来持つべきではなかった」と考えることにしました。「本当に私がよきものを与えたのであれば、それは受け取った人の心に感謝という形で残り続けるに違いない。しかし、そうでないものは米の入っていないもみ殻のようなもので、諸行無常の風に吹かれたら飛んで消えていくのだ。私が本来受けるべきでなかった名声や尊敬は消えたほうが良いのだ。執着を断とう。」と、そう考えることにしたのでした。
 

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