2012年10月7日日曜日

投稿 大川隆法氏が人格的に尊敬できない理由


渡部昇一氏等への評価を巡って

(解説)

大川隆法氏は高名な人物の批判をすることを、自分を高くする手段として意図的に使っている節があります。それに接して何となく嫌な気がするのを感じた方は、少なくないと思います。
我々が漠然と感じているその違和感を、極めて実証的に論じてくださった投稿を頂きました。そこでは大川隆法著『進化論 150年後の真実』に書かれている渡部昇一氏への評価を巡って、実に丁寧に実証的に大川氏の問題点を指摘して頂きました。こうした丁寧な知的営みをされた投稿者Uさんに、敬意と感謝を捧げたいと思います。

(投稿)

『進化論150年後の真実』P33の中で大川隆法氏は、「渡部昇一氏は昔からダーウィンを非常に尊敬し、ほめ上げています。その理由は、「近代化に非常に貢献した」ということだと思うのです。キリスト教系の学校である上智大学の先生が、そういうことを言ってよいのかどうか、知りませんが、ダーウィンに関してだけは、私は最初から渡部氏に賛同できず、距離を取り、ずっと沈黙してきました。」とある。

渡部昇一氏がダーウィンに触れているのは、『クオリティ・ライフの発想』1977年講談社発刊のP95に、「自然淘汰を原理とする進化論という壮大なる体系に思い当たった。この生物界の現象を説明する、最も強力な近代思想の一つといってもよい、ダーウィン流の進化論を打ち立てるに至ったのである。」の箇所である。

その後渡部昇一氏はウォーレスにも興味を持たれ、長年研究を積み重ねられた。
で最近わかったことは、自然淘汰説はウォーレスからダーウィンに書簡を送られ、それをダーウィンは盗用したのだ、と述べられている。
1977年時点では、自然淘汰説はダーウィンが発見したものだと思われていたが、現在の見解は違う。

また『腐敗の時代』1975年文藝春秋発刊のP105に、「そして進化論は生命の発生から人類の出現に至るまで、重要な点においてすべて科学的な裏付けがないのである。その意味において進化論は哲学、あるいはイデオロギーであり、唯物論的世界観の合理化の努力なのである。」と強烈に進化論を批判されている。

1977年時点で自然淘汰に至った発想法を評価しているであって、進化論そのものを評価しているのではない。

大川氏はこのように人をけなすことによって、自分のほうがさも知性が上だったと言いたげである。

古くは、『幸福への道標』の中で、竹村健一氏を容姿コンプレックス、渡部昇一氏を学歴コンプレックスがあると揶揄している
そのくせ対談本の『フランクリースピーキング』では、思いっきり渡部昇一氏を持ち上げている

新版の『太陽の法』の最終章では、谷口雅春氏の『詳説神思観』をカビ臭い思想だとけなしている。
50年前の思想をカビ臭い思想だと述べるならば、現代の精舎研修でも活用している八正道は2500年前の思想だ。
思想というのは時代を超えるものではなかったか。

同じく新版の『太陽の法』の最終章では、自分の成績自慢が書かれている。
普通の人はいやみに思うだろうから、伝道にマイナスというものだ(笑)。
旧版のほうが、素直に自分の欠点や失敗が書かれており、好印象が持てたのに。
それにそんなに優秀ならなぜ一度受験に失敗したのだ。
東大医学部や法学部に一番で合格した方はどれだけ優秀かわからないが、落ちた人の点数はどれくらいかすぐわかる。

また大川氏は現在に至るまで”高天原”を”タカマガハラ”と読んでいる。
これは古事記の注釈に天と書いてアマと読むと書かれているように、”タカアマハラ”と発音するのが正しい。
これは古事記の研究の第一人者のN氏や谷口雅春氏も指摘しているところだ。
潮文社の霊言集が出た当初、この点が引っかかってすぐには飛びつかなかった。

霊的に本当にわかる人であるならば、”タカアマハラ”と読むだろうと思っていたからだ。

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