2012年10月18日木曜日

霊的体験から学ぶ⑩ 霊能力信仰の危険性


霊現象を有り難がってはいけない

(解説)

千乃風(せんのかぜ)さんからの投稿です。この方の体験は、幸福の科学の霊的被害の証言でもあります。どれほど辛かったのだろうかと思うと、私の想像を絶するものがあるように思います。本当に苦しい日々を送られたのだと思います。

彼女は幻聴をはじめとする霊現象に散々苦しめられました。もし彼女が、霊現象をありがたがって、自分を特別な人間だと思っていたら、おそらくこのように冷静な文章が書ける状態にはなり得なかったのではないかと思います。

彼女は霊能力信仰の危険性や霊現象の危険性を経験から訴えています。
要するに、霊現象だけをありがたがると危険である、と言っているのです。
では実際にどういう危険性があるのか。何故危険なのか、千乃風さんの体験から学びたいと思います。

なお、あくまでこれは一つの経験者の意見です。一つの参考意見としてお読みください。

(千乃風さんからの投稿)

1.幻聴の種類

私は正直申し上げまして、幸福の科学と戦いたくありません。ただでさえ、「幻聴の悪魔」に苦しめられて12年目でございますので、これ以上、幸福の科学をうろちょろしている悪魔を呼び込みたくないからです。

私の幻聴症状を、「仮に悪魔のしわざ」だと仮定いたします。
で、どういう声の種類が聞こえたかを書きます。

生きている人間の名前を語る声20-30人
神の名前を語る声 10数人
悪魔の名前を語る声  数人
身内の名前を語る声  数人
幸福の科学信者で死んだ人の名前を語る声 数人
の構成であります。

どれも「検証の結果」、ほとんどでたらめだということが判明しております

ですので、神の名前を語るからといって、神の声ではない
生きている人間の名前を語るからといって、生きている人間のテレパシーでもない。
身内の名前を語るからといって、本物の身内でもない。
死んだ幸福の科学信者を語るからといって、本物でもない。

ということです。これらを「悪魔がやっていると仮定」すると、「悪魔は相当のたぶらかしをする」と言うことであります。

2.見破る力がないとニセモノにたぶらかされる

ですから、「神の声を聴いた。ありがたい」と、あんまり霊的なことに、のめりこまないほうが賢明であります。本物の神なのか、分かりはしないのです。

ですから、霊視ができて、「なおかつ、誰が化けているか見破る力がないと、にせものにたぶらかされるのは、容易に推測できるのです。

私はどの声も、信じておりません。実は。まったく信用しておりません。
私はもう「声が消滅」してくれればいいだけです。感想としては、「大迷惑をこうむった」としか思っておりません。

「ゆいいつの手がかり」は、「何をいったら、幻聴のたぶらかしや脅しなどが減ったか」のみなのです。
何を思い、何をいったら、幻聴が消滅していったか、だけの記録を取り続けております。

幸福の科学信者は、「霊的なことが好き」な人が多いです。なんか不思議現象が起きると、ありがたがる。
「不思議現象が起きたから本物なのだ」という論理展開です。

中には、本物もあるかもしれません。しかしですね、私は12年も「推定悪魔のたぶらかしや脅しやでたらめ話」を聞かされたものとして、「霊的なことを金科玉条のように、ありがたがるのはおよしください」と言いたい気分です。

本物か偽物か見破る力がなければ、たぶらかされるだけ」なのですから。
私にはそういう力がありませんので、100パーセント信用しない、です。
そうやって、ばっさりと切り捨てて幻聴の声を減らしていったいきさつを持っております。

3.だましのテクニック

悪魔でも、「光のようなものをあびせることは可能」です。
私実験しました。「ほら、やってごらん。光のようなものをあびせれるか」って。
実際、光のようなものが体にぞわぞわってきたりしました。
ですから、それぐらいのことは、朝飯前なのです。

また、「ものあて」ぐらい簡単にできます
私の幻聴は、私の人生でおきた、色々な事柄を知っております。
ですから、「お、あたった、すごい」なんてことはないのです。
あてるから、すごいとも限りません」。

「ものあて」をして、「だから私を信じろ」というスタイルは、悪魔のスタイルです。
私も、サタンと名乗る声に、「ものあて」をされました。
「お前の人生で、あのとき、こういうことを考えていただろう」とあててみて、「だからサタンだと信じろ」という論理なのですね。

サタンが正直に、私に本音を吐くとも思えませんしね。そんなの信用できません。
きっと嘘ついてたぶらかしてくるに違いないですから。

まあ、そういうことで、あんまり霊的なことを「うのみ」にしないほうが賢明だと私は実体験から会員さんにお伝えしたい思いです。

4.霊能力を持ちたい心

霊的なことに、のめりこみがちな人というのは、結局その裏に、「霊能力崇拝というか、自分も霊能力をもちたい」という意識があるんです。だから、霊的なことをありがたがります。

私みたいに、「霊能力いらないよ」っていう人間からすると、いくら神様の名前を語ってこられても、ちっともありがたくないんです。
普通のことして、普通に楽しければいいんですね。私そう思います。

ですので、霊的現象に見舞われた方で、「こういう現象が起きるから、本物だ」という過信は捨てられたほうが、賢明です。

もちろん、中には本物もあるかもしれません。否定はしませんが。

別に霊能力なくても、いいんですね。困りはしません。
あまり霊的なことにのめりこむと、「霊現象」が多くなることは事実です。
霊の世界に近くなるので。ありがたがっていると、もっと多くなります。
そしてやっているうちに、おかしくなって振り回されます。

私は霊現象きらいな人間ですので、なんとかかんとかがんばって、薬の効用もあって、50人ぐらい聞こえた声を、1人にまで減らすことができました。
やれやれと思っております。

私の実体験が、何らかのご参考になればと思い、書かせていただきました。

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