2012年10月11日木曜日

投稿・さまざまなご意見

投稿・さまざまなご意見やコメント

(解説)

メールやブログへのコメントで、貴重なご意見をいくつか頂いておりました。その全部をここではご紹介は出来ませんが、皆様の参考になりそうなものをいくつか紹介させて頂きます。

(匿名さん)

「そういえば、仏陀釈尊が誕生されたときは、「天上天下唯我独尊」とおっしゃったとか。

イエス様が誕生されるときは「東方の三博士」が予言されたとか。

さて今回、宇宙一のかたが誕生されたときは?

ご本人は、母親が白蛇が体内に入った夢を見た、と言ってましたが。

いくら白くても「蛇」ですからねー。

騙されないように気を付けなくちゃあ」

(匿名希望様)

「昔、昔、西荻の道場と言われた元風呂屋での講義で現総裁曰く。

自分のような能力をもっている者は、キチガイ病院の塀の上を歩いているようなものだ、と。

とうとう落っこちましたかね?」

(四国の元信者さん1)

「生意気で恐縮ですが、もう少し
私見を言わせていただければ・・・

たとえ、9次元霊釈迦の生まれ変わりであったとしても、
(あるいは過去の実績や、学歴や、肩書きが
りっぱなものでも、)

因果の理法を
くらますことはできない(不昧因果)

 のですから、誰の生まれ変わりか、
あるいは、何次元の霊格であったかということは、
(現実には実証できませんし)
あまり意味のないことだと私は思っています。

それよりも、語られた言葉が
真実であるかないかということのほうが
はるかに重要です。

今回の『虚偽の霊言』事件にしても、

善か悪かという対立軸で考えると、
善とは何か、悪とは何かという哲学的な迷路に
迷い込み、

問題点が不明確になり、
神はどちらの側を応援しているのかとか、

一般の人にもわかりにくくなってしまいます。

(まして、
誰の生まれ変わりか、
あるいは、何次元の霊格であったかということも、
一般の人には関心がありません。)

それに対して、
真実か真実でないかという対立軸で考えると、

問題点は明確になり、
神はどちらの側を応援しているのか、
 一般の人(や裁判所の人)にもわかりやすくなります。

そういう意味でも、
私は種村さんの「真実を語る」勇気ある闘いを
強く支持して心から応援しています。」

(四国の元信者さん2)

「ある投稿者(質問者)が次のように書かれていました。

>迷わせられる私ども一般にそれを通して学べ、
>というならどこかに揺るがない正当な応えが出てきて然るべきではないでしょうか?
>そこではじめて悪魔も一般も平等に愛されていることになる
>のではないかと私は思ってしまいます。

質問者の方は、『正当な応え』が出てきていない
と決めつけておられますが、
 私は知っています。

『正当な応え』は、
実は出てきています。

(どこに出てきているかを
ここで言っても信じてもらえないので言いません)

しかし、
それは誰かの言うこと
(あるいは本に書いてあること)をそのままに
信じるのではなく、
 自分の心の仏性に照らして探し出し
見つけ出す(自灯明)、
 真の自助努力がなければ、
ほんとうの意味で自分のものにはならないし、
知っているとは言えない。
(神の愛を知っている
実感しているとは言えない。)

神(自分)を愛する人でなければ、
『神からの愛』を実感として
感じることはできない。

なぜなら
『あなたの与えるものが
あなたの受け取るもの』
だからです。

みんな同じく平等に『神の子』
なのですから、
悪魔も一般も平等に愛されていて
当然なのではないでしょうか?」

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