2012年10月10日水曜日

霊的体験から学ぶ⑧ 大川隆法氏の信用度

大川隆法氏の人格への疑問

(解説)

千乃風(せんのかぜ)さんからの投稿です。この方は、極めて敏感に霊的な波動の良し悪しを感じてしまうようです。そこでこの方が感じたことを書いておられるのですが、納得できることが多いと思います。

ただし私とは、多少意見の異なる部分もございます。
千乃風さんは祈願文の「守護指導霊への祈り」は、どうしてもしたい人はその程度に止めたらいいというアドバイスをされています。確かに内容的にはあまり問題がないと思いますが、問題はそれが大川隆法氏が書いた祈願文であることです。
幸福の科学は、きょう子氏の著作について、内容的には問題がなくても、現時点でのきょう子氏の心境が悪いと、そこから悪い波動が読む人に影響を与えるので、処分した方がいいという説明をしていました。元論これは大川氏の考えだと思います。それと同じことが、大川隆法著に関していえるのではないでしょうか。
ですから、大川隆法氏が書かれた「守護指導霊のへの祈り」は、しない方がいいし、書籍も処分するに越したことはないと思っています。千乃風さんも、本心では、おそらくご賛同いただけるのではないかと思います。

私は職員の時代に「一切経を自宅に持つことは素晴らしい。自宅に全冊をそろえましょう。」とお話しすることが多かったので、非常に申し訳ない気持ちでいます。しかし、現時点ではやはり大川氏の関連のモノは、本でもCDでもDVDでも、グッズ類でも、全部処分する方が、自宅の磁場をよくするためには圧倒的に良いと思いますと、正直に申し上げたいと思います。反省を込めて。

(千乃風さんからの投稿)

1.正心法語が駄目な本当の理由

前の投稿で、「正心法語、だめですよ」という旨を書きました。
そこで、私の2007年の時点から感じていた見解を書いておきます。

正心法語は、大川氏が「方便の時代は終わった」と宣言した1994年に書き換えられました。この書き換えた正心法語というのは、「人間大川氏に意識を向けるお経」なのであります。
人間大川氏がダメになりつつある今、このお経はできるなら、読まないほうが賢明です。

もし読むとしたら、祈願文だけにして、「守護指導霊への祈り」ぐらいにとどめておいたほうが賢明です。
昔の青いほうの正心法語というのは、「霊天上界へ意識を向けるお経」です
ですので、どちらかというと、こっちのほうがベターなのです。

ですので、会員さんは、脱会後もうこうしたお経を読まず、守護指導霊への祈りぐらいにしておけば、自分の守護霊および自分に縁のあった指導霊のインスピレーションをさずかるのではないかと思います。

とにかく、「人間大川氏に意識を向ける」のは、おやめになったほうが賢明です
私は最近大川氏のことを思い出すと、気分悪くなるほどですので、ちょっともう思い出したくないほどですから。

2.大川隆法氏の本は気分が悪くなる

2005年脱会するまでは、1997年以降「ずるずると本の質が落ちた状態で継続」しました。
そこで、私は本を4冊ほど残し、2005年に全部捨てました。
その後、数年たって、残した本4冊を読んだのですが、「あまりにも傲慢」で、気分悪くなってしまい、さらに3冊捨てて、『イエス・キリスト霊示集』だけ残していたいきさつがあります。(それもまもなく捨てる予定です)

読み返してみて、「昔はこんな傲慢波動に慣れていたんだなー」って、その時思いました。

その後、20009年の選挙のときに、数年ぶりに大川氏を、ユーチューブの動画で見たんですが、「前よりもっとひどくなった」という印象です。
なんかもう見るたびに気分悪くなるので、最近はほとんど見ていない状態です。

最近の本は一冊も読んでいないのですが、「現代の法難」という本の「タイトルだけ」ネットで見ました。
これ、タイトルだけみても、相当気分悪いんです。あはは。

最近の霊言の「何割が真実か」は、私はチェックしてないので、さっぱり分かりません。
がしかし、ネットで、天照さまの緊急啓示という本の「一部抜粋」を見ました。この霊言、見ただけで気分悪いんです。

文芸春秋の菊池寛の霊言を、ネットで「一部抜粋」だけ見ました。
これも相当気分悪くなりました。

どうも、最近の霊言はどれも気分悪いです。
ですので、こうしたものを長年見続けて蓄積すると、あんまりよくないのではないかと思っております。

それが私の素直な感想です。

3.霊能力信仰の罠

盲信してしまいますと、「どっぷりとその波動に染まってしまい」、うのみにしてしまうこととなります。
大川氏の霊言の信用性が地に落ちた今、もう霊言をありがたがる必要性はないと思います。
会員の中で、「霊能力信仰の罠」に陥った方は、ここからぬけだすことができません。
「誰それの守護霊の意見が読みたい」と思ってしまうと、その「本当かどうかわからないような霊言」をふむふむといって読んでしまい、「そうかー」なんて思ってしまうんですが、これは一種の「のぞき見根性」であり、週刊誌で、スターの私生活どうなってるの?って、記事読むのと、一緒の心理なのです。

もうこうしたのぞき見根性を捨てねばなりません。そうしないと、次から次へと出る霊言にどっぷりと洗脳されてはまってしまい、「うそかもしれない霊言」に汚染されてしまうのです。
良い例が種村さんの守護霊と舎利弗の霊言でしょう。これはどちらも偽物だと、私は思っております。
なんか舎利弗の言霊が高級霊の言霊に見えません。

脱会していくときは、「すべての執着をたたねば」なりません

4.エル・カンターレ信仰は信者のプライドをくすぐる

幸福の科学の信仰の対象は、エルカンターレであり、「地球一えらい神」だということになってます。
そうすると、「地球一えらい神に帰依している自分は、魂的にはすぐれているんだ」というプライドを持ちがちになるのです。

あるいは、伝道して、あるいはお布施して、えらくなりたいという執着ありますと、脱会を困難といたします。
平凡でもいいじゃないか、と思っていると、こうしたことにはとらわれなくなります。

私は組織に執着をもっていない人間でしたので、比較的簡単に脱会です。
最後まで残った疑問は、大川氏はエルカンターレか? 釈迦の生まれ変わりか?というものでした。
今は白紙に戻しておりますが、「どうも変だね」などと、脱会後ずっと思い続けておりました。

5.大川隆法氏の品定め

釈迦もヘルメスも、「いわゆるいい男」なのです。で、そのほかに、ラムーやトスやオフェアリスやらが出てきます。多分いい男です。疑問なのは、こういう「いい男をずらずらと魂の分身」に持つ大川氏が、「釈迦よりひどい行い」をしているのは、一体いかなるわけか? ということでした。

普通、指導者というものは、「責任をとる」ものなのです。「潔い」ものなのです。これが本当の指導者としての資格であります。ところが、「いい男ぞろいの分身をずらずら持つ本体のエルカンターレ」が、ちっとも責任を取らない。いいように、ごまかして、自己正当化していく。この現象を見ておりまして、私は「まるで茶番劇だ」と思いました

ですから、私はもうエルカンターレ信仰はしておりません。

大川氏の転落というのは、「己を偉しと思いあがった傲慢さと自分の救世主としての世界支配の欲」だと思っております。こういうものを持たず、地道に謙虚にやっていかれれば、「また違った幸福の科学」だったかもしれませんが、今となってはいたしかたなく、思っております。

私にも、ちょっとした傲慢さはありますが、大川氏の傲慢さからすると、ちっぽけなものです。

いかに大川氏の傲慢さが本の行間から滲み出しているか、チェックされれば、分かることと思います。

霊能力と徳は別ものであります。徳がなくても、霊能力がある人もいます。もちろん、霊能力も徳も兼ね備えた人もいるかと思います。私は徳がない人間ですから、大川氏をさばく権利は、本来ないのですが、やはり、「多くの人の人生の時間とお金を使わせ、そしてまた、魂にも影響を与える責任ある立場」である以上、やはり、それを自覚していただかないとと思っております。

6.反省しない大川隆法氏

大川氏は、私の見解によると、反省しないと思っております。教祖が反省するのなら、セクハラの件につきましても、「ひそかに個別に被害者の女性および種村さんとお会いになって、そしてそこで、何らかの謝罪なり、お話あいなりを」もたれたことでしょう。そういうことをされません。

ですから、この大川氏の悪い影響が、皆大川氏のたいこもちの職員たちに伝染してしまうことは、容易に推測できます。

もちろん、すべての職員が悪いわけでもないことでしょうが、やはりそうした組織の中で、やっていくには自己保身もされるでしょうし、色々とあると思います。

信者は、大川氏および職員の二重の洗脳を受けるわけであり、少し気の毒に私は思っています。

ま、気づいた人から、組織から抜け出すほうが賢明です。静かにさればいいのですね。幸福の科学と戦う必要はありません。静かに去って、そうして「洗脳とき」をして生きていけばいいのです。

「職員が悪いのは分かった、組織が悪いのも分かった、がしかし 大川氏が本物であったなら、どうしよう?}ということが最後まで残る「課題」であるだろうと思います。

7.本音と建前を使い分ける人物

大川氏というのは、「本音と建て前を使い分ける人物」なのです。本音を隠し持ちながら、ある方向へと人を誘導したいときに、「建前の言説」をとなえる方なのです。私はそう思っています。
それが、高橋信次批判の一件にあらわれていますし、奥さんとの離婚劇にもあらわれています。

高橋信次氏を最初ちやほやしたのは誰ですか? 大川氏です。その後ばっさりと高橋信次氏批判をし、今や何かあると、「すべて高橋信次霊のせい」です。大川きょう子氏をちやほやしたのは誰ですか?大川氏です。
それが今や悪魔扱いです。そして、「悪いのはきょう子のせい」です。

今は、「子供たちの時代への布石」がうたれています。きっと子供たちをちやほやとすることでしょう。
あはは。容易に推測できるのです。

ですので、こうした「建前の言説の裏側の本音とは何か」を、その意図を見ていけば、「すけてみえる大川氏の本音」にたどり着けるものと思います。

ですので、「大川氏の建前を信じ込むとあとで馬鹿をみる」ことになることは、高橋信次問題、あるいは大川きょう子問題で、もう証明として、表面化してしまいました。


こうした事柄を一度整理されて、脱会への道をすすまれることを祈念する次第であります。

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2 件のコメント:

  1. アイマイミーです。

    久しぶりに投稿させていただきます

    種村さんが、ここで7点ほど、大川隆法を思想的に批判してますので、私はかつて秘書であった立場から、大川隆法の行動面で批判していきます。

    1.正心法語が駄目な本当の理由
    大川は、いついかなるときでも正心法語を携帯していることはありませんし、読誦することもありません。私は、大川隆法の家でも読誦したのを見たことすらありません。信者は勝手に大川が正心法語を毎日読誦していると思い込んでいる(思い込まされている?)だけです。それだけ、大川本人が無価値なものであるかを知ってる証拠です。

    2.大川隆法氏の本は気分が悪くなる
    大川は自分の思想をしみこませる(洗脳)ために、自分の本以外を読むことを否定します。なぜ、信者にまで講師資格があるのか、なぜ、統一試験みたいな制度をつくったかお分かりですか? 徹底的に自分の本を読ませ、洗脳させるためです。だから、まだ、知性や理性が残っていれば、大川本を読めば気持ちが悪くなるのは当然です。気持ちがよいと感じたらそれは完全に洗脳されている証拠です。

    3.霊能力信仰の罠
    まず、大川には霊能力はないことを知ってください。霊能力があれば、きょう子さんのことや、種村さんのことなど、最初からわかっていたはずです。わかっているなら、当然防げますよね。大川は霊能力があるふりをしてるだけです。霊言は大川の脳内を駆け巡る妄想を語っているに過ぎないのです。だから、大川霊言はあとで正確に検証してみたらトンチンカンであることがわかります。信者は大川の妄想をありがたがって真に受けているだけです。

    4.エル・カンターレ信仰は信者のプライドをくすぐる
    幸福の科学の特徴のひとつに「選民思想」があります。選ばれた民と思い込ませることです。これ、やられると誰もが有頂天になります。おだてられれば「ブタも木に登る」というやつです。一度、この味を覚えると、人間はもっと言って欲しくなって、大川のくだらん話を真に受けます。そして、気がついたら多額の布施をする。布施をしたらまた褒められるからまた布施して・・・こういう無限の繰り返しのなかに信者を囲い込むのが大川の手口です。

    5.大川隆法氏の品定め
    宗教家というのものは自ずと品格があり、そのオーラを感じさせるものです。私もかつて、偉大な方の清らかなお姿を見て思わず合掌したこともありました。ところが、秘書になって、大川のそばにいること3年と数ヶ月、その間、大川から清らかな、徳の高い雰囲気を感じたことは一度もありませんでした。職員時代、それをずっと不思議におもっていたのですが、職員を辞めてすぐにわかりました、「大川は俗物だった」と。

    6.反省しない大川隆法氏
    これは、1で書いたのと同様に、大川は、まず反省をしたことがありません。いわゆる結跏趺坐もできません。そういう作法すらしたこともありません。この目で見ています。反省しないかわりに、いつもぶつぶつ言ってます。「あのとき、ああしなければよかった」とか、それか、秘書の私に愚痴をこぼすか、職員の悪口三昧。八正道の基本中の基本、正語ができてないのです。いま、大川の本をよく見ると、半分は悪口と批判ばかりでしょう? 全て悪いのは他人のせいだと大川自身が思ってるからです。

    7.本音と建前を使い分ける人物
    大川の発言は疑ってかからねばなりません。大川の前に座ってる人には持ち上げますが、その人がいなくなると途端に悪口を言い始めます。私は何度も何度もその光景をみて、ゾっとしました。私だって同じ目にあうのですから。
    また、表向きに信者に感謝を述べますが、裏ではペロっと舌をだしてます。だから、信者さんからいろいろなご好意をよせられたとしても、「ありがとう」とは言いませんし言えません。「当然のことです」で片付けて終わりです。

    このように、大川隆法とは、とんでもない俗物にすぎないのです。サッサと見切りをつけたほうが賢明ですよ。もしや、もしや、なんて思って今日まで来たんでしょうが、もう、もしや、ではありませんから、足抜けしても大丈夫ですよ。運命が好転しますよ。

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  2. 幸福の科学の政治関連書籍を見ると、最近の大川氏の焦りが
    2020~30年代に向けられているように思います。
    これは「黄金の法」最終章で日本の繁栄を予言してしまった
    2020年代が来るからでしょう。
    だから自ら政権を取ろうとしたり、
    「このままでは日本は滅ぶ」というのと、
    「日本の繁栄は揺るがない」という、
    矛盾した主張を繰り返すこととなるのでしょう。

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