2014年2月10日月曜日

投稿・洗脳解除のために 本物とニセモノの「感動」の見分け方


「一時の感動」と「永遠の感動」の違い

「大川隆法の講演を聴いて感動した。その感動は本物だったと思う。」そういう理由で、なかなか洗脳状態を脱しきれず、退会に踏み切れない方は多いのではないでしょうか。私も初期の頃の講演会を聞いて「この方は私の永遠の師だ」と思った瞬間があり、その記憶が邪魔をして、なかなか気持ちの踏ん切りがつかなかった時期がありました。それをどう考えたらいいのか。投稿者Mさんが美しい文章で、貴重な考えるヒントを教えて下さいました。

<投稿>

1.マジックショーの思い出

ふとある出来事を思い出しました。昔、夫と町を歩いている途中、マジックショーをしている一人の男性を見かけました。彼の前にはすでに30人程の人達で賑わっています。私達もその人だかりに混ざり、彼のマジックショーを拝見することにしました。それは、小さなテーブルに置かれた黒い帽子から色々な物を出すというマジックでした。すごい速さで次から次へと色々の小物が出てきました。そして最後には大きなメロンが出てきたのです。私はビックリしました。町でたまたま見かけた小さなマジックショーに感動し、私は本気で「これはマジックじゃないよ。この人は本当の魔法使いかも」って思ったのです。私の夫は「なにか仕掛けがあるんだよ」と笑っていました。その帰り、まだその男性はマジックをしていました。もう一度見たいと夫にお願いし、人だかりに混ざりました。「すごいな。やっぱりこの人、魔法使いだぁ」と私はもうワクワクでした。そして最後のところで、私は彼が自分の着ているマントの下からメロンをさっと出して、ひょいって帽子に入れるところを見てしまったのです。とってもショックでした。

2.「残念」という感覚

昔話が長くなりましたが、あの最後のメロンを見なければ、私は2回目のショーも感動していたのです。「あの人は本当の魔法使いかも」と思い込み、きっと友達にも「今日、町ですごい人を見た」と話したと思います。これは私にとっては笑い話なのですが、感動がしぼむ感覚は、「残念」という気持ちがじわじわと心に広がる感覚でした。

私の考察は、9月22日にブログに載せていただきました。
大川氏の野望、劣等感、ハッタリ等に気づいた今、大川氏の説法は、かつて私を感動させたものでさえも、種明かしを知ってしまった手品を見るような感覚です。「残念」という気持ちになり、そこから感動は失われてしまいました。それが神の言葉でその言葉自体に権威があるのだとしても、その言葉は正しい(もしくは素晴らしい)とロジカルに判断ができても、心に響かないのです。

私は正しい者だけが正しい言葉を語る権利があると言っているのではありません。また、私は、神の言葉を「残念」に思ったわけでなく、大川氏を「残念」に思ったことも分かっています

3.「一時の感動」と「永遠の感動」

私は、宗教においては、「一時の感動」でもって(たとえそれが震えるようなに心に響くものでも)、その「師」と「その師が説く教え」の素質を判定できないということに気づき、「永遠の感動」の観点でもって、「かつての感動」を理由に大川氏を崇める方達に、大川氏が「神」ではないことを証明できるのではないかと考えているのです。

仏陀は、直説金口の説法においても涅槃にお入りになるまで「心に響く言葉」をお与え続けらえました。そしてその教えは、今もなお「感動」を与えて続けております。この「永遠の感動」は、仏陀の説かれた法が「真理」である証拠です。
仏陀は涅槃にお入りになるまで、真理を説き、それを実践され、弟子に見本を示したのです。これこそ「本物の師」であります。
真理においては、「本物の師」によって語られる「永遠の感動」を私達は求めているのではないでしょうか。

4.真理の果実とニセモノの果実

その木がよい木であるかどうかは、その果実を見れば分かる」といわれます。
私は幸福の科学の果実を口にしました。そして、家族・知人にもその果実を食べるように勧めました。しかし、その果実の異変に気づきました。その果実には腐った部分もあるのに気づき、それを口にすることに危うさを感じました。前と同じように味わえなくなりました。

真理の果実は、丸ごとかぶりつくことが出来ます。その果実は魂が求める栄養源であり、その味わいは普遍なものです。真実の果実を付けた大樹になるには、永遠に善を貫く誓いと貫く力、またそれを成し遂げた実績が必要なのでしょう。

<希望のブログ>

種村トランスパーソナル研究所「希望のブログ」を始めました
心理学の専用のブログです。
関心のある方は、下記へアクセスください。
http://tanemura2013.blogspot.jp/
 
<ご連絡ご相談はこちらまで>
種村トランスパーソナル研究所
メールアドレス:tanemura1956@gmail.com
電話:09080518198

2 件のコメント:

  1. 一言一言に共感しながら読みました。特に、「一時の感動」と「永遠の感動」の部分には救われました。

    というのも、私は退会して大分時間が経っているというのに、いまだに「かつては感動したのに、今は感動しないというのは、自分に問題があるのではないか」という、かすかな怯え……不安があるためです。

    おそらく、「大川隆法総裁は絶対に正しい。何か問題があるならそれは自分の責任」などという洗脳の残滓が、心の表面にこびりついているためなのでしょう。

    けれども、この不安は、本物の師の言葉には永遠の感動があり、そうでない人の言葉は一時の感動しか起こせないというご意見で、大分、軽くなり、楽になりました。ありがとうございます。

    返信削除
    返信
    1. 投稿いただき、有難うございました。やはりいろんな方が発見したものが、様々な方にとっての癒しとなるのですね。その意味で、これからも様々なお考えの方、様々な体験をされた方の投稿を、できるだけ紹介していく「広場」としての役割も担いたいと思いました。

      削除